これだけまとまった雨は、久しぶりだ。 たまには雨もいい。 ウォーキングには不向きだが。(そして今日は一歩も外に出ていない)
一昨日の突発家族でボーリング大会により、未だに右手が筋肉痛。 長じてからは、ボーリングなど楽しくなかったが、なんやかや言われることなくできたので、予想を裏切るほどに楽しめた。やはり、ひねくれているのがいけなかったのだろう。 自分は気難しい一面もあるのだと認識させられる。
わかっちゃいるけど、休日に寝坊するとろくなことがない。 まず、朝飯が長い。 午前10時頃から昼頃まで、だらだらと食べ続け、さらに午後0時に家族と一緒に昼飯をつまむなどというのは通例になってしまっている。 冬休み、毎日のように出かけていたので、今日くらいはだらだらしてもいいか。とはいえ、今後もこのような休日を過ごすのは感心しない。いつ家を出るのかという懸念事項も、本当に漠然としか考えていない。しかし、家を出る必然性や逼迫した事情などないのだ。ただ、このままじゃ甘えたぬるま湯生活だし、減量に適さないなどという自分勝手な理由があるだけだ。環境を変えればどうにか展開するのではという楽観的な見方もある。笑っちゃうほど、お気楽なものだ。覚悟というものもないし。平々凡々な人生である。
今年は。 何かがあるのだろうか。例年になく、そんな予感がしている。ただの勘でしかない、思い込みかもしれない。 数少ない友人が人生の節目を迎えていて、それが自分にも降りかかるのではないかという期待なのかもしれない。他人は他人、自分は自分なのだが。
改めて、年末に行ったイベントでも自分について気付かされたことがある。 よいと思った人に、なりたくなるのだ。 ファッションを真似たいと思うし、自分がその仕事に就いたら、ということを妄想する。買い物に行けば同じような服がないか探してしまい、求人広告を見ればその人に関連する就職口がないか目で追ってしまうほどだ。単純だ。 他人に、誰かに、なりたがっているのだろうか。表面ばかりをつるつる滑っていて、自分を掘り下げていないようにも思う。熱中できるものも今はない。寝食を忘れるほどに、打ち込める趣味や仕事があることは、素晴らしい人生だ。今の自分には、何があろう。ふわふわただよう埃であろうか。
|