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とりとめのないもの

2009年04月06日(月) さくらを見上げながら

平日の午前中、うちにこもるのはいけないと
一念発起して(ちょっと大げさ)、散歩に出かけた。
いい陽気。
気温もどんどん上昇し、太陽を隠す雲もない。
いつもの通勤路を歩こうと思ったが、途中で違う道を選ぶ。
すると、左手の山と住宅地の間に桜の木が何本も見えた。
あそこに行ってみよう。
つま先をそちらに向け、歩いたことのない道をどんどんと桜目指して歩いて行く。
農大のキャンパスへと続く桜並木だった。
みごとに満開で、うれしくなった。

また、来たことのない道を通っていると、今度は短大の桜が目に留まる。
桜に惹かれて行くと、今度は大きな公園に出た。
高台にあるその公園、は半年以上前から存在を知ってはいたものの
一度も訪れたことがなかった。
この、桜が見ごろの時期にこうして初めて足を踏み入れることとなり
とてもすばらしい出会い方だと思った。

無職で、まったく仕事の決まる気配もなく
手持ちのスキルでは対応できる案件も限られ、
この先ほんとうに実家に帰ることになるのだろうかと
未来に不安を禁じえなかった数日。
風邪までひいて、その弱ったところに応募した3件の仕事が意向に沿えないと返事が立て続けに来て。
さすがにホロリとしたものだ。

だが、人生は何が起こるかわからない。
まったく予測不可能であるのだと、この週末に実感した。


最初で最後なのかもしれないその出来事を
幸運というラベルを張り付けるだけでいいのかは
いまだに判断しかねるが、
それがあの時の、そして今の私にとっての最高の望みであり、
どれだけの救いとなったか知れない。
過ちではなく。決して。


何度も反芻して、確認して、ひとり反省会やダメ出しや
でも、肯定しようと思える
思わせてくれるその姿勢に。
その生き方、立ち現れる性質に惹かれたのだと、再認識させられる。

もっと、ことばが私の口から出ていたのなら、という場面がいくらでも出てきて
一期一会なんてことばが、頭をちらつく。
初戦はこんなくらいなのかもよ、と別の方角から声がする。
ことばを介さないと伝わらないもの。
ふれることで伝わるもの。
わたしは、もっとつたえることに重点を置いていかなきゃと何度も何度も繰り返し思った。
言ったら、嫌われてしまうだとか
気を悪くするんじゃないかとか、
ことばが口をつく前に、どうしても余計な考えが目前に立ち現れて、発声できなくなる。
そのくせ、余計な軽口だけはぽんと飛び出して、しまったこれはちょっと無神経な発言、と後悔する。

なんにしても、コミュニケーションのスキルが足りない。
経験値。不足している。
心を開く。一朝一夕ではなせない。
伝えられなかったことばの数を数えるよりも、
うまくいかなかった料理の点を言い連ねるよりも、
もっと建設的で前向きなことをする時間を少しずつでも持とうと
他者の影響からでもあり、自発的にでもあり
相互作用から、私の今が成り立っている。


ポジティブな自分は、なんでもできそうな気がする。
もう、これで大丈夫だって、安心してしまう自分がいる。
でも、30年近く生きてきて、ポジティブである期間・時間が圧倒的にネガティブなそれよりも少ないのは明白であり
そこを無理に曲げてでも方向性を変えるというのは無理強いなだけだと思うので。
前向きなときのエネルギーを最大限活かして、進めるだけ進もう。
無理はできる時にすればいい。
ゆがみは、後々取り返しのつかない形をつくる。


後ろ向きなもののとらえ方。
前向きな証拠。
いくつでも、いくらでも挙げられるきがする。
それは私の主観による判断で、いったいどういうことなのかは当人(ですらわからないというけれど)にしか、意味を付与できないのではないか。
だったら、考えるだけ無駄な気もするが
考えてしまうのが私で、それは性癖みたいなもので、だったら飽きるまで考えたらいい。気のすむまで。そうしないと、次に進めないのなら。

不器用なやり方で生きてる人が大半だ。
完璧を求めがちな自分は、完璧にならないと投げ出してしまうけれど。
人生は山あり谷あり
そんなに大きくなくても、道は凸凹しているし、まっすぐきれいな道ばかりがあるわけではない。
どんな人でも、もがきながら毎日生きてるんだ。



もしかして、自分はいま
人生の転換期にいるのかもしれないという予感がかすかにする。
そんなこといって、ずっとこのままが数年続くような気もするし。
と、こうやって「今が人生におけるどういった場面なのか。そしてこれから先」をとりとめもなく思うのって、私だけだろうか。
私だけだったらなんなのだ、という気もするが。

人からどう見られているか、思われているかが非常に気になる。


だから、縮こまってしまうし、自分の意見もうまく言えない。
自分の意見?
それすら持たなくなってる。
もしくは、持っていることに自覚がない。
質問の答えをはぐらかすのは、日常茶飯事。
するっとかわし(きれていないのに)別の観点からのとんちんかんな答え。
答えたくないっていう答えなんだな、きっと。



最近、のどが渇く。
風邪ひいてからかな。木曜・金曜あたりかな。
鼻づまり。
乾燥注意報が出ていたっけ。
こんなに乾くのも珍しい。なにかあるのか。



とりとめがないけれど、それはいつものことなのでよしとする。
数日経って、あの週末のことを整理しかけている最中だ。
キーワードは断定。これは、ことばの問題。私自身の。
簡略にシンプルに(同じことか)。
できれば、ストレートに。欲求は。

まあ、きらいだったらまず電話すらしてこないし
ましてや酔ってるときなんか、本能でしか動けてないわけだ。
余計な作戦とか、ないわけだ。
かんたんでしょう。したいからする。
話したいから、会いたいから。それ以前に宿無しの危機という前提があるのだけど、それにしたって急に一度もきたことない家に来るってすげえな。
我が物顔でひょうひょうとくつろいで。
「誰でもいい」のうちに入ってるだけで、安心してる自分がいる。
最低ラインかなと思ったり。
だからこのへんから卑屈なかんじが入ってきちゃうのだけどね。
サービスなのは、試されてるのか、宿代ってきいたらちょっと違うような反応だったし、意味は不明。寝てるのかもわからんし。へんなの、わけわからんことばかり。
「させたげた」なんてことするようなんじゃないしな。ちょっと違うそれとはずれてる。心のどこかで、そこだけは確信してる。
うううーーーーーん、なになに。
そこがなやましい。

私の予測や観測など、とうてい及ばない次元にあり。
だけど、それがいったいどういうものなのかを考えるのも、悩んでいるようでいて実は私自身が楽しんでいるのかもしれないな。
だって、考えるのたのしいもの。

わたしに、甘えさせる役を任せられると思うから、そうさせたんだろう。
適所適材をよく知っているから。
それに、小憎たらしいほどに、甘え方をしっている。
甘えさせる側のツボを突いてくる。もうピンポイント。
だーから、こんなこと日常茶飯事でやっててしてもらってんだろうなあ
私はその日常の一部にたまたまなっただけで、
でも私にとっては非日常で、至上の幸福であり、かけがえのない思い出になった。


だから、やっぱりわるいのにひっかかったとは思うんだけど
そこで自分が幸福感を感じているのならば、
それはひとつのしあわせの在り方なのだ。言い切る。
そうだ。

たとえば、不道徳な付き合いもそうなのかもしれない、とちょっと思ったりもする。
不倫する気はないが。

これから、どうなるのかなあなんて思ってみる。
その後のフォローもきた。
それは彼なりの礼儀なのだろう。いつもそうしてるようなかんじ。
ふいに困ったことが起きたら、即座に返事くれたし。
その前に困ってたことも、覚えててくれたし。
単に、ちいさいことでも引っかかるたちなのかもしれないけど、
今の私にとっちゃあ、その些細な気遣いすらしあわせのもとだ。

こんな、うかれてるけど
きっとまた数か月顔も見ないなんてざらだ。
というか、「次」ってあるのか?
今までだってそう。
突発性タナボタ邂逅が、いつやってくるのかなんてどちらにもわからないのだ。
彼の言ってたことがよくわかる。
浮気するで。
あとはなんだっけ。うんたらかんたら。大変やで。
ほんとにな。もう。
みのはめつや。
こんな悪い子と付き合うだの家庭をつくるだの。
だいいち、「かのじょ」ですらないからな。うん、わかっとる。そこは、わきまえとる。重々言いきかせてるからな。
っつうか、そんな「かのじょら」の一部になって、えへらえへらしてる自分もずいぶん低い位置におるようで、そういうのが我慢ならんからやろと思っている。たぶんな。
一緒にされたくない。
特別になんて、なれる可能性ものすごい低いと思うけど、そりゃ宇宙の塵くらいのもんだろうけど、とくべつになりたがってる。
いつだってそう。
じぶんは特別になりたい。とくべつに。
私は違う。
でも、こんなにほら経験値の差。あきらかに、世界が違う次元が違う。違いすぎる。
しかし、一縷の望み(それはかなしい)を捨てておらず、とくべつだからこうなってるんじゃないかって期待が心のどっかから消えることはない。
私の生活には、その期待がないと生きていけないらしい。
たぶん、きっとそれを糧に生きているのかもしれない。
期待。そして、それが叶わなかった時のための防御策としてのネガティブ思考。
生きてきて初めて言葉にしたけれど、私ってそういうものでできているんだ。
すべてとは言わずも、おそらく、半分以上が。
それが私を形成している。
期待とネガティブな思考が天秤に載っかっていて、ゆらゆらと揺れている。
不安定な割合。
そうやって生きてきたんだ。
これからも、たぶんそうやって生きていくんだ。


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言いたかったことは
いわなきゃだったなと思ったことは。
素直にほめること。ありがとうのことば。
ちゃんと返事をしなかったこと。
なんにせよ、自分のかんじたことをかえすこと。
質問事項をまとめておきましょう。
おまえにとって俺ってなんなんだ?
これは……誰もが絶句するような質問だな。
わからんて返されるのがおちだな。と、答えまで予測中。
誰だって困るわな、この手の質問。
「彼女」の人数?
もはやどうだっていいように思えるので、これはいいか。
信憑性がなあ。微妙。
どの質問も「わたしって、彼女なの!?ただの遊び!?」みたいな
ヒステリックな性質を帯びていて、自分でも目をそらしたくなるな。特にこんな文字にすると。
やはり、安定というものを欲していて、確定された立場(例.彼女。妻。妾…)が喉から手が出るほどなのだ。きっと。
だって、ラベリングされてない自分って、なんなのだ?
なんの保障もない、待ちの姿勢。「まて」か。
気まぐれに振り向いてくれるご主人にしっぽを全力で振っちゃうかんじ。

言いたかったのは、自分の人生のことかな。
どんなことしてきたか、どんなことを思ってきたか。主に後者かな。
きっとむこうがオープンでありそれが自然体であるから、
こちらもとびらをゆるめやすい。
それでも、私の砦は頑なな部分があり、目を見て話せない時があったり、はぐらかしたり。

はぐらかした質問はといえば、
ビールもっと飲めるか(なんでそこをはぐらかすのか。自分でも今笑ってしまう)
なんで携帯灰皿があるのか(全然言いたくないことじゃないのに、なぜか言いつぐんでしまった)
あとは、太った理由かなあ。
これは腰を据えて話したいと私が思っちゃってるから、だろうか。

今考えれば、どれもこれもあっさり答えられる内容ばかりだ。
それ以上のことを言ってもいいと思ってるくらいだ。
ああ、そう。あとは経験知不足の件とか。
ま、そりゃさわったでわかるか。
それが元でもうこないかもしらんしな、とおもうし。
でも連絡くれてたし。
なんでだろ。
ふしぎ。


心地よい空間を提供・共有できてたらいいな。
私としては、自分でも意外なくらいゆったりしてたと記憶してる。
緊張して、変な行動とったりだとかは全然なかったし。
ちょっと最初の料理に失敗したけど、2回目は取り戻せたし。
すごいなあ。緊張してなかったんだそういえば。
けっこうな自然体で。
それがあっちにも伝わってたらいいな。たぶん、だいじょうぶだな。そこは。


したいことしか、しないだろうと。
それが究極の答えな気がする。
気が乗らなきゃ、それを回避する手立てはいくらでも持ってるだろうし。
それとも、礼儀の一環なのか?
そうだとしたら、わからないな。
礼儀でするか?それこそわからんな。
なんなんだいったい。


直後、これはとんでもない沼にはまったと危惧したが
今はそうでもない。
僥倖じゃ!
それはいいすぎ。

しかし、私のことだから、毎週末に期待してしまうだろう。
そして、アップダウン。

それから、きっとこれから何かが起こるたびに
「ええー、じゃあ私ってなんなんだよー」って思うだろう。
今だって、そうだし。
あっちこっちを渡り歩いて平気な顔してるやつに
入れ込むなんて、どう見たって善い道を歩いてるとは思えない。
知り合いがそうしていたのなら、ちょっとそれはどうかなと言わないまでも確実にかんじるだろう。

頼ること。不安にさせること。
私が主語となって。
それが効くとか効かないとか。
頼るのは効いたかな。
不安にはあまりならなさそうだ。
替わりはいくらでもいるもの。綾波みたいなこというけど。


ああ、やっぱりすきみたいだ。
あのどうしようもなく、魅力的な人物を。
今が上昇中だからそう思えるのかもしれないけど。
仕事が進んでるのも、彼や、家族や、友人たちのおかげだと思える。
春だから、がんばりたい。


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