| 2009年05月05日(火) |
もやし(20090506) |
スプラウト。なんとなく意味はわかったような気がしていたが、やはりそうであったか。しかし、もやしもそうであるとはね。考察していませんでした。
なんだかんだと2時間ほどネットしたり日記書いたり。 あこがれの人は、多く彼の地に住まわれているなあということに気づいたり。 だから、特別なんだろう。 そうでないのもあるのだけど。 あこがれてしまうのよね。 あこがれって、だいじよね。
勝手におもって、勝手に落ち込んでる。 なにもかもが、一人相撲の果て。 空は白く。 静かに平穏で。 肌寒く。 だれもいない。 どこにいたって、それは変わらず。 妙な根拠のない確信や予感も ちょっとしたことでもろもろと崩れ。 また出てくる希望の萌芽に、自分でもあきれるのだった。 しなくていい期待。裏切られるだけのもの。 期待など一方的なものだから、裏切るもなにもないのだ。 8割がた自分の妄想の産物。
ほとんど、終わってしまったことのようにかんじる。 過去ってのは、おわったものなのだけど。 もう、再開されることがないもの。 人と比べて、どうこうとか、それこそ意味のないことなのによく考えてしまう。イッツ無駄。 ちょっとは生きる気力でもわいてきたかな。 のろのろとでも、支度できるなら、それでいい。
ほんとは、時間ないんだ。 あと一か月ちょっとで試験あるんだわ。 本買ってこないとね。 そっか。本。あと体脂肪計。 うーん。落ち込んでるひまなかった。あるようでない時間。 それが終わったら、って考えてしまうけど、受からない可能性のが現時点で高いからな。そんでも次は11月だしな。うぬ。
乗物にすぎない個体を持ち、遺伝子を残すために生きている割に 生に対しての執着が見られないし、躍起になって活動しようとしないというのも妙なことだ。 生を断ち切るという刃が、喉元まで突きつけられなければ、開かない扉でもあるように。
わずかなことで息を吹き返したり、すこしでも希を取り戻したり 飽くことなく何度もくりかえしている。 また、ほらこれっくらいじゃ終わりはせんよと、明るんできた空におもう。 性懲りもないともいえるし、しぶとい生への執着なのかもしれない。 生きる希がほしくて、足掻いている。 ずっと、そうだ。きっと。 まだ、まだまだまだ時間はある。 でも、有限であり、とろとろと過ぎ去ってゆくもの。 なぜにあそこまで落ちてなお、よみがえるのだろうか
バタビヤ。 最近、離れな言葉。
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