山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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アンケートを設置したのに、回収率が悪い。一般のアンケートでは回収率は約30%が目安と言われている。私のホームページのカウンターは一日平均30から50ぐらい回っているので、ほとんどがリピーターだとしても10から15人ぐらいは回答してくれても良さそうなものだ。ところが今のところたったの6人である。そのうちの一人は一番最初に自分がサクラで投票したものだから、実質5名ということになる。なんと寂しいことか。
お願い!まだの人、アンケートに回答して!
朝食後、床屋へ行った。最近はちょっと伸びてきて、寝癖がつくようになっていた。手術直後に市民病院の床屋でスポーツ刈りにした後は、また以前のように伸ばそうとしていたが、今度骨髄移植などの治療をしたらどうせ抜けるんだろうと思い、短めのスポーツ刈りに戻した。
看護婦が定時に体温や脈拍を測りにくる。体温は体温計だが、脈拍は最近では測定機械を使う。電極のついたクリップを指に挟みスイッチを押すと数秒後にディスプレイに測定値が表示される。その測定されている私の姿を見て、娘が「うそ発見器だ!」と声を上げた。それを聞いて私は爆笑してしまった。あまりに真面目に叫んだからだ。クリップで指を挟んでいる間、看護婦がいろいろと質問をしたので、本当にうそ発見器だと思ったらしい。アホなやつだ。
午後になって例のいとこの娘香里がきた。1ヶ月ぶりだ。ずいぶんご無沙汰だと思ったら、風邪で高熱が下がらず10日ほど入院していたのだそうだ。借りていたハリポタのシリーズをとりあえず返すことにした。結局読めなかったのが残念だ。今度は自分で買って読もう。
夕べも夕方37.8度まで熱が上がった。氷枕をして休んだ。そうしたら不思議なことに寝汗をかかなかった。朝まで着替えのために起きなかったのである。何日振りであろうか。
この熱のために夕べははやく休んだ。そのため昨日のうちに日記を更新できなかった。そうしたらすかざず福田先生から、日記はどうしたの?熱でも出たか?とご心配をいただくメールが舞い込んだ。以前にも似たようなことがあった。みんなで見てくださっていて、そして心配してくださっているんだなと、改めて実感した。
午後主治医の長谷川先生がおいでになる。 「調子はどうですか。」 熱が出ている以外は相変わらずだと伝える。 「県立病院と岩手医大の先生に相談してみたんですが、移植も考えたほうがいいと思われます。よければ岩手医大に連絡を取って月曜か木曜に診察をしてもらうよう手配しますが。」 といことで、来週岩手医大に転院する可能性が出てきた。岩手医大は八戸の日赤病院と関連病院になっており、ある程度見通しが立ったら八戸の日赤で治療が可能らしい。
夕方また長谷川先生がお見えになり、早速岩手医大に連絡したところ、ちょうどベッドが空くところなので、11月4日午前中に診察を受けられるように入ってほしいとのことだ。そのまま入院することになる。
仮に骨髄移植ということになると、いったいどんなことをやるんだろう。最近ではアイドルのなんとかという女の子が白血病に罹り骨髄移植で復活しテレビに出演している。俺もなんとかなるのだろうか。
夕食後、もう7時ごろになって政策推進室の4名が来てくれた。面会時間が終了するのを気にしてか、「今日はすぐ帰りますから。」といいながらまず女性二人が顔を見せた。話をしていると背後に人の気配がする。部屋の入り口にもう二人ニコニコしながら立っているではないか。廊下で失礼だったがしばらくお話をして帰っていった。
夕べ(正確には今朝2時半)熱が37.5度まで上がった。風邪をひいているわけでもないし、私にすれば原因不明の発熱だ。25mgボルタレンを使用する。解熱のために座薬を使うと寝汗がひどい。それでなくとも毎晩2・3回の着替えをしている。4時過ぎと6時に目覚めたときには汗でぐちゃぐちゃになっていた。
午後主治医の長谷川先生の言うには、風邪とかの炎症反応は出ていないので、血液のほうからくる熱ではないか。無理に下げることはない。座薬は痛みにも効果があるので、痛みを伴う場合は使用してよい。
今日は娘から買い物をしてもらった。といってもたいしたことは無いが。売店からおやつを買ってもらった。大粒「柿の種」である。柿の種といえば亀田製菓のがぴか一である。あの1cmぐらいの柿の種は亀田以外のものは味がイマイチである。今日購入したのはさいたまの喜多山製菓というところだ。今回の柿の種は3〜4cmぐらいある。品名は「大辛口柿の種」というぐらいで、全くもって辛い。ところがその辛さがたまらない。売店のおばさんもこれが美味しいと勧めてくれたそうだ。
今日の八戸弁
「うるかす」 これは今でも良く使われている。娘も使っている。ネット検索すると北海道弁のコーナーでよくヒットする。「水に浸す」という意味の動詞である。しかし、これだけでは本来の意味を十分表現しているとはいえない。「水に浸す」ほかに「水を吸わせる」という意味が含まれていることを付け加えなければなるまい。「水を吸わせてふやけさせる」というニュアンスが含まれている。「米をうるかす」、「しみ豆腐をうるかす」などと使う。 職場でも時々うまい具合に違う使われかたをしている。 「市長に指示されたその案件は、私がちょっとうるかしておいた。」(意味:すぐにやらず暖めておいた。) というように、ある案件をサスペンデッドにしておいて、少し考える時間をつくるとき用いたりする。
| 2003年10月28日(火) |
【写真付】パンにソース |
火曜日の朝は5時半に定例の採血があり、これで今日は一つ仕事(?)をした気分になる。何にも無い日に比べれば気分的によろしい。でもあとは何にも無い。飲み薬がまた一週間分追加された。持ってきた看護婦は 「お薬は余っていませんか?」 なんという質問だ。とは思うが、実は昼の分が1回分余っている。いつかどこかで飲み忘れたんだろう。
朝食後、1階の売店で文庫本を3冊購入した。ベッドで横になったときに読む本が欲しかったためだ。単行本はさまざまあるのだが、寝たまま読むには重くて、長時間はつらい。やはり文庫本だろう。なかでも一冊は「なかにし礼」の「「長崎ぶらぶら節」である。テレビドラマで何回か放送したようだが、今日は原作を読んでみたい気分になったのだ。
夕食後、都市政策室の石黒さんが激励に来てくださった。ちょうど石黒さんからいただいたカスピ海ヨーグルトに大麦若葉を混ぜているところだった。そして石黒家でマイブームになっているという、「山田屋まんじゅう」を差し入れてくださった。慶應三年愛媛県の創業で、たった一種類のまんじゅうを作り続けているという、名前も山田屋まんじゅう。薄い皮に品の良い漉し餡がつまっている。おいしいまんじゅうであった。
会話は途中で労災病院の食事のことになる。 「労災のめしは美味くねべ。」 その通りである。味付けがちょっと変なんじゃないかとさえ思うことがある。薄味を通り越して、全く味付けをしていないのではないかと思うことがあるのだ。そしてもう一つ、驚くべきことがる。朝食にパンを選択している人には食パンが2枚出るのだが、これに何が付いてくると思うだろうか。バターでもマーガリンでもジャムでもない。マヨネーズやケチャップでもない。それは刺身のしょうゆ受けのような小さな器にソースが入ってくるのである。「このソースはなにに付けるんだろう?」と悩んでいる若者がいた。みんなで悩むと思う。これって狂ってるんじゃないの?ここの栄養士さん、自宅ではパンにソースをつけて食べているのか。
今日も何もすることがない。ヒマだあああああああー。
体はだるいのでとりあえずベッドに横になり、本を読むぐらいしかすることはない。読書の秋とはいえそれも飽きた。同室の皆さんは気持ち良さそうに鼾をかいて寝ている。
午後主治医の長谷川先生が回診に来た。 「具合はどうですか?」 「ちょっとだるいです。」 「IgGの値も、これまでで最も下がっています。今後どういう治療がいいのか検討しますのでね。仕事のほうもだいぶ気になっているようですし。」
おお、良くなってきているのか。それはうれしい。それに職場のほうも本当に気になっている。なんとか退院の糸口を見つけたい。それにはこのステロイド剤の副作用から早く脱出してリハビリができるようにならないと、歩けなくては話にならない。
今日のDVD「世界遺産 日本編�ぁ仝慧膺声辧ζ�光の社寺」 『厳島神社』 「髪の宿る場所」として島全体が信仰の対象とされた厳島。その深い森を背景に、海に浮かぶ社殿という、世界にも類を見ない奇抜な設計の厳島神社は、自然の美と人工の美の見事な調和をなしている。厳島神社は1400年の歴史を誇るが、鮮やかな朱塗りの社殿をもたらしたのは800年余り前の平安末期、かの平清盛であった。」 『日光の社寺』 奈良時代に修験場として開かれた日光山は、徳川家康により幕府の聖地と定められた。家康の孫・家光は、家康が祀られる日光東照宮は光り輝く聖地であるべきだと考え、500体もの彫刻で覆われた陽明門が生まれた。加えて開山当時の伝統を受け継ぐ二荒山神社、家光が祀られる輪王寺と優れた寺社建築が聖地・日光を特別な場所にしている。」
ナレーションが「緒形直人」なんだけど、これが軽くって上ずってて全然ダメなのね。どうしてこの人にしたのかなあ。世界遺産の「おぐらみ」が全く無い。
ちょっとした操作ミスで、さっきまで書いていた日記がすべて消えてしまった。この日記ソフトには「やり直し」というボタンがついているのであるが、あるときは入力のやり直しを意味し、さっきまで書いたものが一瞬にして消え去ることがある。このソフトの最大の欠点でもある。
今朝もちょっと体がだるいが、実は夕べ熱が37.5度まで上がった。特に何もしていないのに、である。想像するに若干運動した疲労がたまって、そのせいで少し熱が出たようである。ヤワになったものだ。
午睡をしていて、ふと目を覚ますと、そこに県の新産事業団へ派遣されている林下孝氏が立っていた。「どうも、しばらくです。」と見舞いに来るのが遅くなった詫びながら会話が始まった。事業団は河原木の新産会館に事務所がある。市とはそれほど交流はないため情報が入るのも遅くなったらしい。私が入院しているのもつい最近知ったとのことだ。
ゴルフの腕前もかなり上がっているらしい。今年は絶好調で、仲間うちでも上位を独占しており、既に年間MVP獲得を決めているとか。そのせいかどうか知らないが、事業団はヒマだからゴルフばっかりしていると思われるのがつらいと話していた。みなさん、彼はちゃんと働いているので誤解の無いように。
妻と付き添いを交替する娘のために、妻がケーキを買ってきた。Kパン社製のチョコレートケーキとチーズケーキが2個ずつである。紅茶を飲みながら娘といただいた。が、これはケーキか。スポンジがあのとろりとした舌の上でとろけるような食感がない。でもどこかで食べたことがある食感だ。さていったいこれは何だろう?娘と顔を見合わせてわかった。これはパンである。パン屋さんが作っているのだから当たり前か。でもこれをケーキと呼ぶのはどうか。
ケーキ(もどき)を食べているところへ、木村家系列のいとこ田村安恵さんと浪岡実明さんがフルーツを持って来てくださった。亡くなった木村家の主は喜一といってなかなかのつわものだった。娘たちの世話にもならずずうっと一人暮らしをしていた。そして仲間の所へ行った帰りには、しょっちゅう我が家へ立ち寄り、コップで一つか二つの牛乳で割った焼酎をあおり、上機嫌になって帰っていくのだった。時には機嫌がよくなりすぎて、私が車でアパートまで送ることもしばしばだった。最後までそうだったので、木村の人々は私たちにずいぶんと気を使ってくれる。特に親父には。
| 2003年10月25日(土) |
【写真付】カジカのお刺身 |
週末になると病院内も平和である。いつもの騒々しさがない。平日だと午前5時過ぎには、何人かは検査のための採血に看護婦が回ってくる。そしてもう6時にはその日の容態を聞き取りに看護婦が回ってくるのだ。体温、血圧、脈拍、酸素の取り込み状態、その日の体調を訊ねたりた。
今日と明日はそれもあることはあるが、看護婦さんたちもいつもと違いゆったりとして余裕がる。綿塩場合、6時の痛み止め服用があるので、6時から6時半までには看護婦さんが必ずやってくる。そして「今日の調子はどうですか」と問診を始めるのである。
ステロイド剤をとめてから4日目である。今朝も左足がだるく、膝の裏辺りが突っ張って痛い。極端に疲れたときに痛みのように感じることがあるがそんな感じだ。看護婦さんが湿布をしてみてはどうかという提案を採用し、薬をもらって貼り付けた。最近は湿布薬にも匂いのないものがるのに、この病院のは匂いがする。しかもかなりくさい。こういうのはできればくさくないほうがいい。
昼食前に下水道事務所にいる例の同級生作家岩舘氏がきてくれた。今日は八戸港で吊り上げたという「カジカ」の刺身である。きれいな透明の容器にまるでふぐ刺しのように薄くきれいにスライスされたカジカが並べられていた。ちゃんとワサビまで用意してくれている。私はしょうゆをかけるだけだ。おあつらえ向きに、ビールもどきである「モルト・スカッシュ」まで一緒だ。
そして彼が来ると時のしみは、また新作ができたのではないかという期待だ。案の定「彼方の釣り」という、やはり釣りを題材とした短編が彼の手には握られていた。実際に彼のお嬢さんと出かけたときのやり取りからヒントをえたというだけあって、臨場感あふれる設定である。しかし、この作品は未発表ということもあるので、内容の紹介はこの程度にさせていただく。
途中で実家から戻ってきた妻と一緒に小説や釣りの話をひとしきりした後、冷たいうちに食べろよと言って彼は帰っていった。 「さあ、カジカをたべよう!」と妻にしょうゆと箸の準備をお願いする。 妻はなぜか「えっ、ドンコ?」 私が「カジカ」と言ったのに、なぜか「ドンコ」と反応する妻。同一人物だと思っているらしい。
午睡後、ワッフルを食べながら紅茶を飲んでいるところへ、突然母が現れた。バスを乗り継いで来たのだそうだ。重そうにみかんと栗を持ってきてくれた。今日は中心街でイベントが行われており歩行者天国になっているため、バスが正規のルートを通らずに慌てたらしい。街中のT整形外科にはいとこが怪我をして入院したということで、ついでにその見舞いに寄ったそうだ。階段を踏み外し足首を骨折したそうだ。
父のことや家のことなどをいろいろとしゃべったあと、妻と一緒に帰っていった。
夕方、いとこの和田ひろ子・勝旗夫妻が、果物の入った大きな箱を抱いて来てくださった。私の好きなラフランスやみかん、かき、マンゴー、たくさん入っている。
妻がまだ戻ってきていなかったので、3人でデイルームでおしゃべりに興じた。町内の運動会の話、消防団の話、おいの「まっちゃん」の話など。しゃべっている途中、親父が入院した話になると、突然ストップをかけられた。「聞いてないよ。」それはいってないかもしれない。わざわざお知らせしたりしないから。
さらに途中でガン保険の話になったら、またストップがかかった。 「お前、ガンなのか?この間は言わなかったじゃないか。」 たくさんの人たちにお見舞いいただいているので、誰に何をどこまでしゃべっているかわからなくなっている。言ったかもしれないし、言っていないかもしれない。でも事実として「多発性骨髄腫」という病気であるということを、改めて説明した。(ちゃんと説明してなくてすいません。)
ステロイド剤の投与なし3日目。今日はさすがにだるい。特に左足がまるで自分のものではないみたいだ。ただぶら下がっている感じ。立ち上がっても真っ直ぐに伸ばすのが苦痛だ。
午前中のうちに、また室の山本さんが書類を届けてくれる。年末調整の扶養親族調査票である。もうそんな時期になってきたのか。なんかどんどん置いていかれるなあ。
午後回診に回った長谷川先生に調子はどうかと聞かれ、今日はちょっとだるいと回答した。しかし、骨髄のほうもだいぶ回復してきているということを言っていた。少しずつ良くなってきているみたい。
現在研究中、大麦若葉の効果について 日曜日に小渡さんが差し入れてくださった「大麦若葉」であるが、既に毎日の食卓に上がっている。小渡さんからいただいたというだけで、すごくいろんな効果があるような気がするから不思議だ。
大麦若葉って何に効果があるんだろ。ネットで販売しているサイトによると、こんな効果が期待できるのだそうだ。 ○野菜不足の方に ○おいしい青汁を飲みたい方に ○野菜嫌いの方、偏食の多い方に ○ダイエット中の方に ○カルシウム、食物繊維不足の方に ○朝、お目覚めに、さわやかな1日のために ○便秘の方に。 ○緑黄色野菜の補助に。
一番飲みやすい方法はこれだろう。あるHPから、 大麦若葉+豆乳+カスピ海ヨーグルト+ウコンのスペシャルドリンクがいいかもしれない。 割合は小さじ1+半分+半分+小さじ1でコップ1杯分。
私が試しているのは先日写真付で紹介した カスピ海ヨーグルト+大麦若葉+梅ジャムである。
今日のDVD � �I am Sam」2001年アメリカ 「7歳の知能しかもっていない父親、サム。コーヒーショップで働きながら、たった一人で娘のルーシーを育てている。楽しい仲間に囲まれて、幸福な日々を送っていたが、ルーシーが7歳を迎えると、サムは父親としての能力に欠けると判断され、ソーシャル・ワーカーによってルーシーを奪われてしまう。かけがえのないルーシーを失ったサムは、敏腕弁護士とともに、裁判に出ることを決意する。自分が父親としての能力を十分持っていることを証明するために、そしてルーシーとまた楽しく暮らすために…。」
�◆崟こΠ篁坤�ーストラリア編:グレートバリアリーフ」 「グレート・バリア・リーフ…南北2000km、日本の国土に匹敵する広大なサンゴ礁が、果てしない壮大な景観を織りなす。一万年の時をかけてサンゴの殻が堆積し、海底に複雑な地形が形成された、世界最大の生物保護区域。その複雑な隙間や割れ目には、魚だけでも1500種以上というあふれるばかりの命の営みがあった。」 「青く染まる海底で、植物のように生い茂り成長を続ける不思議な石灰の塊・サンゴ礁。その石を作っているのが1cmにも満たない動物の集合体であると判ったのは、まだ250年程前の事だ。南半球のハル11月、満月の周期にあわせ年に一度行われるサンゴの一斉産卵、それは夜の海中で繰り広げられる神秘的な儀式であった。」
昨夜火災があった。消灯後のことであったため、私は起き出すわけにもいかなかったが、サイレンが鳴ると気持ちがせわしくなる。隣人に聞くと、廊下の窓から一部始終が見えていたらしい。見なくて良かった。眠れなくなるところだった。
朝一番に、いとこの佐々木和雄さんが来てくださった。仕事が忙しいらしく、しばらくぶりだったが「世界遺産」のDVDを3種類貸してくださった。 中国編…九寨溝(きゅうさいこう)、黄龍(こうりゅう)と龍門石窟 日本編�ぁ銚慧膺声辧�日光の社寺 オーストラリア編…グレート・バリア・リーフ�機Ν� の3種類のうち、今日見たのは中国編。
『九寨溝、黄龍』 パンダの故郷、中国・四川省の岷山山脈に位置する2つの世界遺産・九寨溝と黄龍。「九つの村の谷」を意味する九寨溝では、大小100を超す湖、鬱蒼とした原生林にほとばしる無数の滝、その水に含まれる高濃度の石灰分などが幻想的な景観を作り上げ、古くから「山」「水」を自然の二大要素とした中国で傑出した美しさを誇る。
『龍門石窟』 隋や唐など9つの王朝が都を置いた古都・洛陽。中国仏教のふるさとでもあるこの地の固い石灰岩に、世界でも類を見ない石の芸術が残されている。河をはさんだ東山・西山に長さ1kmにも渡って、10万体を超す仏像が彫られた龍門石窟である。その6割を占めるという唐の時代に創られた仏像は力強い生命力にあふれている。
昨日主治医の長谷川先生が回診していったときに、 「来月いっぱいで診断書の期日いっぱいになるので、そろそろ何かの目処がないと職場のほうにも迷惑をかけているし…」 とたらたら話した。ちょっと調子が良いからといって、すぐその気になる悪い癖。一ヶ月もしたら退院でもできるかのような気分になっている。
今日は先生が「調子はどうですか」ときいたのに対して、「調子良いです」 先生はすかさず「続くといいですね」 そうなんだよね。昨日までは例のステロイド剤で気分がハイになっていたのだから、今日からの何もない4日間は気分や体調がどう落ち込むか分からない。この辺の様子を見てからでなくてはいけない。何しろ本来の骨髄腫の治療の成果のほうがどうなっているのかが先決だ。IgGという数値の値が問題なのだそうだ。それが何なのか良くは分からないが、その数値が下がるといいらしい。このところ風邪の影響で治療が半端にずれたので、効果も半減しているかもしれない。
今日のDVD「2010年」(2010 The Year We Make Contact:1984年製作) 「宇宙船ディスカバリー号事件から9年の歳月が流れた。設計責任者であったフロイド博士が調査を開始するが、木星を調査中に異常現象に遭遇。 そんな折、フロイド博士はディスカバリー号の船長の霊に危険を告げられるのだが…。 映画史にその名を残す『2001年宇宙の旅』の続編として、前作に残された謎の解明に挑戦。」
| 2003年10月21日(火) |
【写真付】大麦若葉の食し方 |
今朝のラジオ深夜便4時台の心の時代は、先ごろ読んだ「我吾子哀し」の作者青山光二氏のインタビューだった。90歳にして第29回川端康成文学賞をこの作品で受賞している。アルツハイマー性痴呆症の愛妻の介護をモデルにしたストーリーで、本当に飾らない妻への愛情を感じさせた。インタビューでもその人柄が表れていて、90歳にしてこのような若々しい文章が書けるというのは素晴らしいという印象を持った。
一昨日小渡さんから頂戴した「大麦若葉」のおいしい食べ方を開発した。開発といっては大げさかもしれないが、その日に水で溶いて飲もうとしたら、ダマになったりしてあまりうまくいきそうでないし、名前は「大麦若葉」と新鮮だがやはり青汁であり飲みにくい。ネット検索してみたら、ヨーグルトやジャムを混ぜるという方法が紹介されていた。そこで普段飲んでいるカスピ海ヨーグルトに混ぜてみることにした。カスピ海ヨーグルトはもともとすっぱさがなくてヨーグルトみたいではないため、自家製のイチゴジャムや梅ジャムを混ぜて食べていた。その中に大麦若葉を入れてみたのである。 カスピ海ヨーグルト…適量 梅ジャム…ティースプーン1 大麦若葉…ティースプーン1 以上を混ぜると写真のごとくダマにならずにきれいに混じった。味も梅ジャムとの相性がよろしい。今すっかりはまっている。
午後、妻が居ないときに妻を妻の同級生が見舞ってくれた。ちょうど妻が妻の実家に戻っていたときに、小中高と同級生を貫いているという藤原京子さんが訪ねてくださった。ご主人が確か松川の地熱発電所に勤務されていたことがあるということから、名前に聞き覚えがあった。10分ほどお話を伺っているところへ妻が戻ってきた。硬い握手をしながら話が弾む。彼女のご主人もこの夏闘病生活を送ったのだそうだが、既に社会復帰を果たしている。こちらもがんばらなければ、しかしあせらずに。
夕食時に政策推進室の山本さんがいろいろな書類を届けてくださった。室の様子を聞くと本当に忙しそうだ。そんな中わざわざ来てくれるのだから頭が下がる。うれしかった。彼女が帰ってから涙が出てきた。
痛み止めは、その薬を飲む時間を、朝6時、14時、20時の3回として、コンチンという経口モルヒネを使用している。一時痛みが強くなったときには2錠ずつに増やしたこともあったが、副作用による眠気や吐き気などが強くなり、途中でもとの数に戻している。
朝6時の時には、起きがけということもあり、胃に負担をかけないようにと、妻が牛乳をちょっと温めて持ってきてくれ、それで飲むようにしている。その朝の牛乳は、誰もが知っていると思うが、「グリコ幼児優良牛乳」である。なぜ幼児牛乳かというと、100ミリリットルと容量が小さいからである。朝たった1錠の薬を飲むために普通の200ミリの牛乳は多すぎるのだ。100ミリが飲みきりサイズでちょうどいい。
この「幼児牛乳」にグリコ幼児シリーズ「ドン・ファングッズ・プレゼント」がある。4本パックを買うと応募シールが1枚付いてくる。賞品は Aコース ドン・ファン・オリジナルCD 合計2,000名 Bコース ドン・ファン・オリジナルストラップ 合計1,500名 Cコース ドン・ファン・オリジナルマグカップ 合計 400名 Dコース ドン・ファン・オリジナルなりきりTシャツ 合計 600名 である。さらにWチャンスとして、はずれた人の中から抽選でタカラポケトレインが合計500名に当たる。こんな豪華なプレゼントに応募しない手はない。で、どれに応募するかだが、当然Dコースの「なりきりTシャツ」だろうと思ったが、残念ながら私に合うサイズがない。止むを得ずBコースの「ストラップ」に。携帯電話やバッグに取り付けられる、ぬいぐるみタイプのかわいいストラップだ。
と、ここまで盛り上がってからはたと考えた。仮に私がどれかに当選したとしよう。4,500人のうちの一人だ。そしてその分だけ落選する子供が一人出るのだ。私のヒマに任せての応募によって一人の子供の夢を奪うことになる。そう考え、潔く応募は断念した。ちなみにこのキャンペーンはホームページでも案内している。チャンチャン。
「相部屋のカーテン一重のプライバシー 男ばかりとかまわずに脱ぐ」
今日のデーリー東北紙「天鐘」欄は何を言いたかったのだろうか。イラク貢献は拉致問題で米国の協力が必要だがテロが怖いので考え直せと言っているようだ。イラク貢献は米国との取引なんかではないのではないか。
今月15日に三本木農業高校と平内高校で、我らの八戸大使福田弥夫先生による「高校生のための講演会」が県教委や東奥日報社の共催で開催されたそうだ。その記事が16日付東奥日報紙に掲載されている。市役所の仲間に依頼してPDFファイルで送ってもらった。既に福田先生と慶長さんには送付済みだが、もしご覧になりたい方がいらしたらご一報願いたい。
| 2003年10月19日(日) |
【写真付】小渡さんと大麦若葉 |
最近、とうとう脱毛が多くなってきたような気がする。これも治療の成果か。副作用もないと薬が効いているのかどうかわからないようなものだ。シャンプーをしてタオルで頭をこすっていると、そのタオルに抜け毛が20本ぐらいついている。その短い毛を、妻がまるで猿の毛づくろいのように拾っている。洗濯しただけでは取れないことがあるらしい。 「スキンヘッドも似合うと思うよ。」 という妻の慰めの言葉は、慰めになっていない。でも、周囲の患者に比べたら、私は全くもとのままと変わらない。今のところスキンヘッドの必要はなさそうだ。
午後から娘が妻と交替する。
DVDと見ているところへ、なんと突然小渡さん夫妻が来てくださった。旅行をされたということで、定番ですがと前置きをしながら「萩の月」を差し入れてくださった。
それと、なんとか村のなんとかというおばあさんが、本来自分で食べる分だけ作っているという「大麦若葉」を入手したのだそうだが、こういう健康食品は自分で食べるより「山ちゃん」にあげたいと、わざわざ立ち寄りくださった。緑色をした匂いまで抹茶そっくりの粉末である。水に溶いて飲むそうだ。
22・23日には「共通商品券全国大会in[はちのへ]」があるということで、そのお知らせリーフレットの持参くださった。小渡さんがコーディネーターとして登場したり、ゲストでセーラ・マリ・カミングスさんがおいでになるそうだ。もうそろそろこういう会議にも顔を出したいところだが、残念ながらまだちょっと体調が許しそうにない。
八戸の中心商店街もどんどん元気になって欲しい。小渡さんがんばって。
今日のDVD「2001年宇宙の旅」(A Space Odessey)1968年製作 『2001年宇宙の旅』は、明日へのカウントダウン、人類の運命の地図、無限への旅…。 アカデミー賞を獲得した、目も眩むばかりの映像と到達点ともいえる作品。 人間対コンピュータの戦い、想像を絶するほどの映像と音楽の融合が素晴らしい。
今朝のラジオ深夜便午前2時台は映画音楽だったが、たまたま「2001年宇宙の旅」の挿入曲「美しく青きドナウ」を流していた。映画の中ではどちらかというと「ツァラトストラはかく語りき」のほうが効果的に使われていたと私は思った。トム・ハンクスは11歳のときにこの映画を見て人生観が変わったそうだ。以後何十回も見たそうである。
| 2003年10月18日(土) |
同級生とオールディーズ |
今朝も9時半ごろ大きな客船が入港してきた。昨日のにっぽん丸より一回り大きいようだ。ネットで調べてみてもはっきりしないが、見かけは日本郵船の「飛鳥」のようにも見える。
今日からまた点滴が4日間続く。その一日目だ。元気が回復してくるに違いない。これを機会に一気に回復したいところだ。
昼食後に、今日も珍しい人が見舞ってくださった。県警本部勤務の同級生・夏井坂(なついざか)務さんだ。「まっちゃんからきいた。」と言っていたが、先日来てくれた同級生のおまわりさん「まっちゃん」から情報を得たらしい。日記も読んでくださっているということだ。たいへんうれしい。
「夏井坂(なついざか)」という苗字はめずらしい。2年のときに阿部(しゅう)というとっても怖い先生がいた。「夏井坂」までが苗字だと知らずに 「おい、夏井。お前の名前はなんと読むんだ?」 と尋ねたのを良く覚えている。
彼とは特に中学に行ってからの付き合いが深かった。2年の後半は生徒会活動に入り浸り、彼が生徒会長として活躍、岩舘さんや坂頂(さかちょう)さんや私らがスタッフとしていろいろと入れ込んだ記憶がある。お互いの自宅にも遊びに行ったし、それまで全く知識のなかったポップスに目覚めたのも彼らの影響だった。それが深夜放送というラジオ番組の中でいろいろと紹介されているということもその時初めて知った。グラシェラ・スサーナの「シバの女王」やジリオラ・チンクエッティ「雨」が流行っていた。そして初めて買ったドーナツ版のレコードが「ミスター・マンデー」(オリジナル・キャスト)だった。♪オー、ミスター・マンデー・ミーオーマイ そして「かがやく星座」(フィフス・ディメンション)Aquarious 「天使のらくがき」(ダニエル・ビダル) 「スーパーバード」(ニール・セダカ) 「ナオミの夢」(ヘドバとダビデ) 「シーズン」(アース&ファイアー) 「明日に架ける橋」(サイモンとガーファンクル) 「悲しき鉄道員」(ショッキング・ブルー) 「サークル・ゲーム」(バフィ・セントメリー) 「ローズガーデン」(リン・アンダーソン) 「ミスター・ロンリー」(レターメン) 「ふたりの天使」(ダニエル・リカーリ) 「メロディー・フェア」(ビー・ジーズ) 「胸いっぱいの愛を」(レッド・ツェッペリン) 文化祭のステレオコンサートの部屋はこんな曲ばかりだった。
あるとき彼が付き合っているという隣の中学校の女の子を連れてやってきたときにはびっくりした。確か人気投票でナンバーワンになったとかいう話だった。本当にかわいい人だった。小中学校ずうっと一緒のクラスメートしか知らない私にはかなりのカルチャーショックだった。まともにお話ができなかったことを覚えている。
今日は上記オールディーズを検索しながら思い出していると、オールディーズが聴けるサイトを発見し、あれこれと聴きまくっているうちにすっかりはまってしまった。本当に懐かしい曲たちが目白押しで、午後は中学生に戻った気分に浸った。
今朝も快晴の青い空とその下の紺碧の八戸港を眺めていると、7時30分ごろ白亜の豪華客船が入港してきた。しばらく見入っていると隣人が双眼鏡を貸してくださった。「にっぽん丸と書いてあるようですよ」私の目では双眼鏡を通しても「にっぽん丸」を確認するのはかなり厳しかったが、よく目を凝らしてみるとそう書いてあるようだ。
港湾振興の仕事をしていた頃、客船の入港歓迎セレモニーもやったことがあった。首都圏から十和田湖や八幡平方面への観光ツアー客が乗ってくるのだ。その頃も客船はやはりポートアイランドに接岸したものだ。きっと今日も何かの歓迎セレモニーをやっているに違いない。「はやて」ではなく船でやってくる観光客も大切にしなくては。
午前9時ごろになると、今度は真っ白いフェリーが出航して行った。苫小牧か室蘭航路だ。八戸港を出た先には、逆に昨日北海道を発ったであろう別のフェリーが八戸港へ入港しようとこちらへ向かってくるのが見える。中央防波堤の先数百メートルのあたりで2隻がすれ違うのが見えた。
午前中ベッドで休んでいると、今日も意外な人たちが見舞ってくださった。以前職場で先輩であり同僚だった前田澄子さんと、妻が以前の職場で同僚だった富岡陽子さんである。二人は高校の同級生だそうだ。前田さんとは港湾河川課勤務時代にかなり親しくお付き合いいただいている。富岡さんが私の入院の噂を聞きつけ、それを前田さんに確認をお願いしたということらしい。二人とも私の顔色を見て安心してくださったようだ。
昼食後、下水道事務所の畠山、工藤両氏がDVDを持ってきてくれる。前回お借りしたのはすべて鑑賞し終わったので別のDVDを数タイトル持ってきてくれた。最近ヒマをもてあまし気味だったのでこれはうれしい。
夕方、北川先輩が来てくださる。今度パソコン教室へ通うための手続き中だそうだ。ある講座があって、それに応募しているそうだ。ぜひ採用されて、PCのエキスパートになってほしい。今やパソコンは必須だ。今回も本を数札差し入れてくださった。
| 2003年10月16日(木) |
【写真付】遅咲きの幼馴染 |
朝起きてみるとコバルトブルーの空が広がっている。今日も好い天気だ。雲の流れがちょっと速い。風が強いらしい。
点滴のない日三日目。昨夜は寝汗のため起きた午前零時過ぎ、腰の痛みのためボルタレン剤25mgを用いた。そのためか、昨日よりは痛みやだるさは軽減されている。それにしても治療も何もないと、なんにもすることがなくてつらい。こうしてパソコンをいじるか、本を読むか寝るかだ。腰が痛いと寝るのもつらい。
午後、緒方貞子さんの本を読んでいるところへ、意外な人が来てくださった。中学の同級生であり、現在は埼玉県和光市で福祉NPO法人の代表をしている山本(旧姓:伊東)恵子さんだ。公私共に忙しい中、ちょうど体が空いた瞬間を見逃すまいと、八戸に帰省したそうだ。八幡からはなれない道をレンタカーでも大変だったろうにお土産まで持参してくださった。毎日このHPをチェックしてくださっているとのこと。
彼女のことは以前彼女のお母さんが見舞ってくださったとき(9月5日)に書いたが、もう一度思い出してみた。彼女は確か中学2年のときに三戸から転校してきた。周囲に友達がいないのと、お互いの自宅が近かったせいで帰宅時は一緒だった。遅咲きの幼馴染のようになった。勉強が遅れているところは教えてやれとも言われていた。当時遅れていたのが理科の「生殖」のところだったので、彼女に説明するのにかなりどきどきしたのを覚えている。
キャンプや修学旅行では班編成をするが、ここでも同じグループだったりした。なぜか彼女のニックネームは誰がつけたか知らないが「さるドッグ」であった。顔立ちはかわいいので「さる」でも「ドッグ」でもないのにである。きっとかわいい彼女にひがんだやつらがあてつけにネーミングしたに違いない。
「さる」と「ドッグ」で犬猿の仲というわけではない。女性の幼友達の中では最もちかしい付き合いをしている。彼女が音楽に道に進んだということや、私がそれに対してずいぶん期待を寄せていたという事情もあるだろう。
その後彼女は高校では音楽科でピアノを、音大ではハープシコードを専攻する。近所に住む芸術家として私のあこがれるところとなっていくのである。その後の細かい経緯は存じ上げないが、ご主人は「Presto」という音楽教室を経営されている。
今日16日は以下の大会が開催されているはず。体調が許せばぜひ午前の部だけでも聞きたかったところであるが、体調不十分につき断念した。残念。
地方自治経営学会八戸地区研究大会
10:00 あいさつ 地方自治経営学会長、八戸市長
10:20 パネルディスカッション1「地方分権と地方の自立、行政改革」 《司 会》恒松 制治 (地方自治経営学会会長、元島根県知事) 《パネリスト》三村 申吾(青森県知事) 熊坂 義裕(宮古市長) 穂坂 邦夫(志木市長) 細江 茂光(岐阜市長) 蛇口 浩敬(八戸大学学長)
13:10 パネルディスカッション2「今の地方議会…その主要な問題点」 《司 会》坂田 期雄(西九州大学教授) 《パネリスト》伊藤 圓子(八戸市議会副議長) 鹿内 博(青森県議会議員) 相沢 芳則(仙台市議会議員) 藤原 範典(宮城県議会議員) 伊藤 秀光(岐阜県議会議員) 《コメンテーター》柴田 啓次(元千葉経済大学教授)
15:10 事例報告と討論「環境共生モデル都市 3Eプロジェクト 「ECOLOGY」・「ENERGY」・「ECONOMY」 《司 会》間島 正秀(法政大学教授) 《報 告》大河原 隆(八戸市助役) ・環境、エネルギー産業創造特区 〜動き出す特区、地域に活力〜 ・従来の工業団地モデルとは異なった環境、資源循環型のプロジェクト 《報 告》 未 定(大平洋金属�蝓� ・「あおもりエコタウンプラン」の中核施設となる焼却灰、ホタテ貝殻リサイクル施設 ・廃棄物をすべてリサイクルする「ゼロエミッション事業」 《報 告》高谷 勝義(八戸市経済部産業政策課長) ・NEDO公募事業「新エネルギー等地域集中実証研究」 八戸市ほか3者による『八戸市 水の流れを電気で返すプロジェクト』
| 2003年10月15日(水) |
【写真付】短歌指南うける |
ステロイド剤お休み二日目で、体がだるくなってきた。腰の痛みも出てきそう。気をつけないと、やばい、やばい。ほんとにこの薬は「躁」と「鬱」がはっきり現れる。
主治医の長谷川先生に、点滴が入ったときとないときとの落差が大きい、と話したら、点滴には痛み止めの効果もあるから、点滴のない日は少々つらいかもしれないが、プロトコルのとおりにやってみましょうということだった。つらいががんばるしかないか。
先日八戸弁で「のごる」は「ぬぐう」の訛りだろうという話を書いたら、「南部のことば」(佐藤政五郎編)を調べてくださった方がいて、「のごう」という古語から派生したたのだと記述されていたそうだ。
そういえば以前祖母が、赤ちゃんが目を覚ましたときに「おどろった」と良く使っていた。この「目が覚める」という意味の「おどろく」も、古典の時間に徒然草かなんかに出てきたと思う。我々は古語を話していたのだね。
朝、看護婦さんが「おはようございます」と声を掛けてくれたので、何気なく「おはようございます」と返したら、看護婦さんには違いなかったが、仲間のりんご屋さんである山田さんの奥さんであった。
「うちの人に頼まれて持ってきました。」といいながら、紙袋にたくさんのりんごを差し入れてくださった。一番美味しいところを下さったに違いない。割ってみると中に蜜がじゅわっと詰まっている。完熟でたいへん美味しかった。
朝食後、新井田の伯父が寄ってくれた。今日も自らの診察のあとだ。今日の話題は傷痍軍人の集まりの話だ。5年に一度は東京の国技館で行われ、そのほかの年は全国を回るらしい。伯父もそのおかげであちこち旅をしたそうだ。ただ利尻の友人のところへは50年前の冬に行ったっきりで、北海道だけは行ってないそうだ。当時は数メートル積もった雪で、送電線をまたいで歩いたほどすごかったそうだ。
先日久しぶりに風子さんあてに短歌の教授をお願いメールをしたら、快くご指南いただいた。毎週水曜日にデーリー東北学芸・文化欄に掲載されている「風土をうたう」は、歌人篠弘が全国各地の歌人の紹介をしているコーナーであるようだ。(実は先週これに気がついたので定かではない。デーリーのホームページにも掲載がない。)
10日の日記にも書いたが、このコラムの著者篠弘氏の短歌入門がいまのところ私のバイブルである。そこで先日風子氏から指南いただいた部分をご紹介したい。
>先日、窓拭きの業者が病院の6階から外側を拭いていました。 > >「窓拭きのロープ二本をあやつりて 左右に揺れてクリアな視界」
説明がないと誰があやつっているのかがわからないかもですね。 おそらくロープ二本あやつっている窓拭き業者に感動し、そしてまたクリアな世界が広がったことに感動したこととおもいますが、歌からだと高いところの窓だというのがわかりません。 ただし、とてもいいところ、日常の中での切り取る部分がとてもいいと思います。
「6階の窓拭く人があやつれるロープが生み出すクリアな世界」
ではどうですか? 背景の知らない第三者が読んでその光景がわかることが大切らしいです。
> きれいになった窓越しに、毎朝定時にフェリーが八戸港に入港してきます。 > > 「空よりも濃い色をした朝の海に 走るフェリーの白のひとすじ」
こちらはとても情景がわかります。 すがすがしい歌ですね。
| 2003年10月14日(火) |
お待ちかね看護婦ランキング |
勝手に看護婦ランキングを公開したい。次回ご訪問いただく際の参考にしていただきたい。(え?誰が参考にするか?それは次長から聞いてみて)
みなさんナースキャップをはずしてからヘアスタイルが変わった。若い人たちよりも30代以降の看護婦さんに多いようだ。
「看護婦ランキング」 美系ランキング 第1位 北向さん 第2位 甲田さん 第3位 田島さん
「美系」では1位の北向さんと2位の甲田さんは甲乙付けがたいが、私の好みで笑顔の素敵な北向さんに軍配を上げた。甲田さんはちょっとクールな感じの美しさ、「氷の微笑」のシャローン・ストーンを思わせる、といったところか。田島さんは現代風、好みの分かれるところかもしれない。
かわいい系ランキング 第1位 四戸さん 第2位 伊藤さん 第3位 二羽さん
トップの四戸さん、本当にかわいい。何がかわいいか。仕草と話し方。伊藤さんもはにかむ感じがいい。二羽さんは爽やか系のお嬢さん。
ちょっと年をくってるが許しちゃう系ランキング 第1位 本間さん 第2位 田嶋さん 第3位 岩崎さん
本間さんは秋吉久美子に似たスレンダー美人。本当に優しい看護婦さんだ。この病院の看護婦さんはみんな優しい。看護婦とのやり取りで、患者にストレスを感じさせないところが素晴らしい。
今日の映画「JFK」1991年アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞 「オリバー・ストーン監督が60年代4部作の完結編として今世紀最大の謎に迫った問題作。1963年にテキサス州ダラスで起きた事件は、米社会の基盤をゆるがし、米国そのものの運命をも変えた。国民の政府への見方を永遠に変えてしまったこの事件は未だ解決されていない。ストーンは実力は揃いのキャストと、恐ろしいほどのリアルな台詞、ヴィジュアルによって自らの道を失った時代の年代記を、あらゆる技法を駆使して描いている。」 監督:オリバー・ストーン キャスト:ケビン・コスナー(ジム・ギャリソン役) シシー・スペイセク(リズ・ギャリソン役) ジョー・ペシ(デーヴィッド・フェリー役)
ケビン・コスナーの演技(台詞)が素晴らしかった。全部英語で理解できたらもっと良かっただろう。
デカドロンというステロイド剤を投与しているせいか、なかなか寝付けない。いつもは8時か9時に寝てしまうのに、昨夜は周りの人たちがそれぞれ遅くまでテレビをつけていたのもあり、11時を過ぎてから眠り、朝は5時に目が覚めてしまった。6時過ぎまでラジオを聴いて我慢する。
昨日ソンバンさんからいただいたカリブの海賊のDVDが音声が聞こえないと書いたが、ドルビーDTSがインストールされていないため、普通のオーディオを選択すると聞くことができた。これで「英雄」、「カリブの海賊」、「トゥーム・レイダー」の3本とも見ることができそうだ。ただし英語で。
ところがである。「カリブ」の音声は出たが、音声と英語字幕が合わないのだ。字幕が遅れているのか、早すぎるのかと思って注意してみても、あわない。このへんはさすがに海賊版か。海賊映画の海賊版というのも面白い。
昼食後シャワーを浴びた。手すりが設置されてから2回目だ。さっぱりとする。
シャワーから上がってくると、盛岡の山口さん夫妻が見舞ってくださった。夫人のほうが私のほうの親戚木村家の出だ。わざわざ盛岡から来てくださった。父の見舞いも兼ねていたようだが、あいにく10日に退院したと言われてきたそうだ。これから自宅のほうへ寄ってみるといって帰っていった。
いろいろとDVDを試しているうちにCD−DVDのトレイが開かなくなった。一瞬慌てたが、一度電源を切ってウィンドウズを立ち上げなおしたらまた正常に作動した。
今日は「JFK」を鑑賞した。本作は206分と長編なので今日のところは前編だけとし、明日後編を鑑賞することとする。
| 2003年10月12日(日) |
【写真付】せなの傷定点観測久々更新 |
肝心なことを書くのを忘れていた。10月10日土曜日大安吉日に父が退院した。(ご心配いただいた皆様、ありがとうございました。)母が10日が日が良いということでこの日に決めた。労災病院でも10日の日は多数の患者さんが退院していった。今は4人部屋がまるごと一部屋空いている。
午前、県庁に派遣されている安原氏が、帰省のついでに寄ってくれた。今日の土産は彼が県庁のあるグループで勉強しているという「CRM型行政のすすめ」と最近発売された週刊文春に掲載された「公務員の仕事ヒマすぎる!? 給与の官民格差はなんと二倍!青森編」という写真入のショッキングな記事の写し。忙しい部署もあれば確かにヒマなやつらもいるのだろう。それは市役所でも同じことだ。
話題はもっぱら新知事の下での財政改革だ。特に彼の部署は文化観光推進課。前木村知事の肝いりで始まった「南部道楽千年祭」の予算をカットするかどうか、扱っているところだ。
県の予算は、今度は財政課が査定するのではなく、シーリングのもとで各部局がそれぞれ調整することに副知事が英断したそうだ。この方式は三重県や岩手県で既に実施されている。さて、今後の推移を見守りたい。
そうしているところへ、ソンバンさんこと松阪先輩がひょっこり現れた。先日突然中国から帰国が決まり、成田から掲示板に書き込みをしてくれていた。それによるとすぐに香港へとんぼ返りだとばかり思っていたら、八戸まで帰省していたのだ。中国で自社の工場を立ち上げるために、もう二ヶ月も中国は深[土+川](シンセン)に暮らしてきた。中国というところは一筋縄ではいかないらしい。「何度図面をぶんなげたことか。」こういいながら向こうでの工場立ち上げの苦労話をしてくださった。
そしてお土産の数々である。こんなにたくさん恐縮した。記念に写真を撮り、それぞれ紹介しておきたい。左上から、 ・上海夜景チョコレート ・ニンホン減肥茶 ・金宜酒店(JIN YI HOTEL)のティッシュ 左下から ・「情人梅」青梅の寒露飴 ・DVD「英雄」(HERO) ・DVD「PIRATES of the CARIBBEAN」 ・DVD「TOMB RAIDER」 トゥーム・レイダーなんか日本円に換算したら約90円だそうだ。そう、たったの90円。海賊版にしても儲かってるのかなあと思う。リージョン・コードが心配だったが、観ることができた。しかし、カリブの海賊だけはドルビーかなんかの設定がされていないのでどうしたというメッセージが出て、映像は映るものの、音声が出ないのだ。何かのインストールが必要らしい。詳しい方いらしたらお知らせ願いたい。
昼食直後に先日駅伝大会の写真を持ってきてくれたK氏が、写真回収のついでに本を数札差し入れてくれた。特にお勧めは「デパート火災」(あなたは”デパート”のパニックを防げるか!)というファイヤー・シミュレーション・ブックというやつだそうだ。私の好きそうなタイトルでありそそられる。そのほかに「お嬢さまことば速修講座」、「変わる商店街」なととともに、行政法や自治体の財政の本も。勉強のしがいがあるが、頭も痛くなりそう。
午後から娘がきたので、久しぶりに「せなの傷定点観測」を更新した。こういうときのデジタル製品の扱いはやはり若いのに限る。妻ではちょっと心もとない。写してみると傷もかなり薄くなってきた。そのうちに消えるのかな。楽しみである。
夕食後、書道クラブの佐藤先生がみえられた。今日は聞きたいことがあってきたといい、私が市民病院に入院したときに経緯を聞き始めた。田名部整形外科から市民病院の末綱先生を紹介されて、そこで病気であることを発見してもらった。実は佐藤先生の同僚が腰が痛くて仕事をやめちゃおうかと話していたので、やめる前にいい先生から診てもらえ、と私から聞きにきたのだった。別の病院にもかかっているらしいが、セカンドオピニオンももらったほうがいい。早くよくなることをお祈りしたい。
| 2003年10月11日(土) |
【写真付】今夜は「倉石牛めし」 |
今朝、廊下で腰を伸ばし屈伸運動をしていると、隣の個室に入っているおばあさんのところに来ていた若者が、廊下で外をみながらKIRINの缶ビールを飲んでいた。「朝っぱらからこのやろー。俺も飲みテー。」と興奮した。その若者くるりと振り返り、朝日の当たらないほうに缶が回ったら、KIRINと書いた缶コーヒーだった。これはほとんど私の妄想に過ぎなかった。幻覚が見えるとそろそろ危ないか。いや、元気になってきた証拠である.。
缶コーヒー飲む若者を見てビールだと勘違いする自分を哂う
昼食食後に上田先輩が、前回約束していた駅弁を持ってきてくれた。前回は駅弁の話になり、「倉石牛」をリクエストしておいたのだ。当てにしていなかったが、さすがに上田さん、律儀に持ってきてくれた。何とかというのは売り切れだったといいながらも、3種類もではさすがに食べきれない。これにもっと持ってきたらどうしようと思った。
「小唄ずし」(有限会社吉田屋) 海鮮ちらし寿司「北の彩」(株式会社日本レストランエンタプライズ:盛岡) 「倉石牛めし」(株式会社伯養軒八戸支店)
上田さんは「もう食ったべ。」といって入ってきたが、どうせなら本当に食事前に持ってきて欲しかった。今晩の食事にした。私がもちろん「倉石牛めし」、妻が「小唄ずし」。たいへん満足であった。
今日はこの日記の「日記一覧」(タイトル「山ちゃんの仕方がねえさ闘病記」の下にある)の表示を変えてみた。 「日記一覧」のリンクをクリックするとその月の日記一覧が表示される。 そしてその下に各月のプルダウンメニューが表示されるので、希望の月を選択し「list]ボタンを押すと、その選択した月の日記一覧が表示される。全部の一覧を見たいときは、一番下の「ALL_LIST]を選択する。
一昨日「だらめかす」を書いていたら、もう一つ思い出した単語があるので書いておきたい。
「のごる」 この言葉もちょっときれいではない表現である。「拭(ぬぐ)う」がなまったものであろう。南部弁的に言えば「やばつない」表現とも言えるだろうか。(おっと、「やばつない」は「きたない」の意。)これも動詞である。意味としては、拭(ぬぐ)う、拭(ふ)く、撫で付けるように拭く、という感じだと思う。
この表現はガキの頃よく使った。私が子供の頃はほとんどのガキが青っ洟をたらして遊んでいた。ティッシュやハンカチを持たないガキどもはどうしたかというと、着ている服の左腕、ひじの辺りでその青っ洟をでらりと一拭き、「のごる」のだ。つにぎまた青っ洟がたれてくると今度は右のひじで「のごる」。当時大半のガキは両袖をデラデラと光らせていたものだ。
会話にも出てきた。虫取りなんかをしていて、誤って潰してしまったときなど、手に付いた「べっちょ」を隣にいたもう一人のガキに「のごった」やつがいた。 「ああ、いが今わさのごったべせ」(標準語訳:ああ、おまえ今俺にぬぐっただろ) 「いや、なものごってね」(標準語訳:いや、なんにも拭いてないよ)
風邪の具合もかなり良くなってきたので、化学療法が再開された。抗生剤の点滴と一緒にステロイド剤の投与が始まった。これでまた元気が出てくるかもしれない。調子に乗ってやり過ぎないようにしよう。
寝癖が付いて左側の髪の毛がとんがっていた。歯磨きをしたときに鏡を見て、思わず「かっこいい。鉄腕アトムみたい」と叫んでしまった。これは記念に写真を撮っておくべきであると密かに考えてはいるが、まだ写していない。仮に撮影したとしても公表するかどうかは未定である。
県庁所在地をみると、県名と都市名が同じところと違うところがある。これはなぜか。これはいとこのだんな有泉氏から預かっていた宿題だったが、調べるのを忘れていた。そこでネットで検索してみたら、そのわけがわかった。興味のある方は以下のサイトを見て欲しい。 http://www.jca.apc.org/rekkyo/newfile2001/tiri.htm"
8月に腰を痛めてから病院にお願いしていたお風呂場の手すりが、昨日やっとついた。今日はこの手すりにつかまり、安心してシャワーをすることができた。「ありがとうございます」それにしてもずいぶん時間がかかった。婦長さんにきいたら、決裁に時間がかかったそうだ。どこも同じか。
昨日のデーリー東北学芸・文化欄の「風土をうたう」では、盛岡市の柏崎驍二という歌人について「北国に棲む厳しさ詠む」と題した評があった。書いた人は「篠弘」さん。風子さんからいただいた短歌入門の著者である。病院にはいるものの、病気以外の身近なことを表現することも大事だ。
先日、窓拭きの業者が病院の6階から外側を拭いていた。
「窓拭きのロープ二本をあやつりて 左右に揺れてクリアな視界」
きれいになった窓越しに、毎朝定時にフェリーが八戸港に入港してくる。
「空よりも濃い色をした朝の海に 走るフェリーの白のひとすじ」
今日も快晴。しかし午後から微熱。
木曜日はシーツ交換の日だ。交換している間、廊下に出て軽く運動をしていると、新井田の伯父が来てくれた。心臓ペースメーカーの会への入会申込書などを取りに来たそうだ。自分はすでに入っているが、友人のためについでのときに寄ったそうだ。その脚で私のところへも寄ってみてくれたのだ。
午後3時から「消火訓練」が行われた。はずたが、4階を中心に実施されたので私らには何も影響がなかった。ホースを担ぐくらいだったら手伝ったのに、残念だ。写真も撮れなかった。
「だらめかす」 南部弁で「だらめかす」という動詞をご存知だろうか。妻の勤めている某保育園の一部職員の間で流行っているらしい。
これは自説ではあるが、もとは自動詞「だらめく」(意味:だらだらと滴(したた)る、だらだらと漏(も)る、だらだら零(こぼ)れる)から派生したもので、(だらだらと滴らせる、だらだら零す)といった意味に使われるようである。これは他動詞として「(・・・を)だらめかす」のように用いる。
その某保育園のある保母さんは、この単語をちょっといい言葉と混合して用いるため、大変おかしな表現になっているのである。それはどんな使い方かというと、 「だらめかしちゃった」 という表現である。「だらめかす」にちょっとお上品にしようとして「ちゃった」をくっつけて活用するものだから、なんとも変な言葉になる。ところが、これを中年の保母さんが平気で使うから違和感がなかったりする。でも良く考えるとおかしい。
で、それを真似してか、妻もときどき使う。特にカスピ海ヨーグルトを皿に取り分けるとき、あのねばねばした液体をスプーンですくってテーブルにだらだらとこぼす。すかさず「だらめかしちゃった。」
今日も限りなく快晴だ。
総務課の木村公美子さんがシャンソンコンサートに出演していた。4日の日曜に八戸市公民館で行われたらしい。それとなく情報は入っていたが、どうも半信半疑であった。それが八戸テレビのホームページを見ていて、シャンソンコンサートがあったというニュースを発見。2分間の動画のニュースに数秒間木村さんが映し出されていた。歌声が聴けないのが残念だが、彼女がコンサートに出演していたという事実は把握できた。NHKの文化講座でシャンソンを勉強している人たちの発表会で毎年行われているのだそうだ。
アメリカ・カリフォルニアでは、現職知事のリコールが成立し、シュワちゃんが勝利宣言をしたそうだ。ハリウッド・スターが知事になるのはレーガン元大統領以来だそうだ。政治ができるのか不安があるだろうが、日本の横山ノックや青島幸男なんかと違うところを見せてもらいたいものだ。でもこれで政治もできちゃったらかっこ良過ぎでは?
今日も微熱(37.1度)だが、だんだんあまり上がらなくなってきた。このまま良くなって欲しい。今回の風邪でおとなしくばかりしていたら、ますます足腰が弱りそうなので、昨日あたりから軽く自主トレを始めた。廊下の手すりにつかまって足踏みや軽い屈伸などだ。調子が良ければ車椅子を歩行器代わりにしてちょっとだけ歩く練習も再開した。壊さないように気をつけながら少しずつでも動かないといけない。
主治医の長谷川先生の話では、明日の採血の検査結果で白血球の数値がよければ、治療のほうを再開したいということだった。「あせらないで」といわれても、風邪で2週間も遅れたのだから早く再開しないと、と思ってしまう。
星空のサイトで惑星の位置を確認した。やはり最近南の空で月の付近に光っている赤い惑星は火星だ。マイナス1.5等星だそうだ。ちなみに明け方東の空に光っているのは木星である。未明の星空もきれいなものである。
今日も快晴だ。
午後からまたちょっと熱あり。
主治医の長谷川先生は、 「風邪のほうをじっくり治して、あわてずに治療に専念しましょう。そのほうがいいと思います。」 ということだった。本来の骨髄腫の治療のほうがストップしたままだ。
昨夜寝る前に病院の廊下の窓から月が見えていた。その東側にひときわ赤い星が光っていた。その色と光り具合から火星ではないかと思った。手元に資料がないのでわからない。星座早見表かなにかがあればいいのだが。
ガキのころ星を見るのが好きで、お年玉をためて天体望遠鏡を買った。そして近所の子供たちと観測会をやっていたことがある。冬の寒いときが空気が澄んでいて、観測には適している。ただ寒いので何回も続かなかった。その頃はあまり知識がなかったので、火星や木星、土星といった惑星ばかりを観て喜んでいた。
今日も午後から37.6度まで熱が上がった。午前中は普通だったのに。どうして治ってくれないんだろ、もう一週間を過ぎた。
そういえばここ2・3年、熱が出るとなかなか下がらなかった。かかりつけの長谷川内科の女医さんと「どうしてなんだろう?」と、診察室で見詰め合ってしまったことがあった。そのころから免疫が落ちていたのかなあ。それまでは20年近くも風邪なんかひかなかったのに。
昨日K氏が来たときに話していたが、市役所内でのパソコンの免許制というのも面白いと思った。
・それぞれのITの能力に応じて、市独自の免許あるいは資格を付与する。 ・その免許のグレードに応じて配布するパソコンにグレードをつける。 ・配布するソフトも差別化する。 ・各々が上のグレードに上がるよう努力するようなインセンティブを与える。(例えば若干の手当てをつけるとか)
ていうのはどうだろう。でも、今どきパソコンはできるのが当たり前だ言われそうだな。
最近「電子印鑑」に凝っている。政策推進室のメンバーに言われて、「電子収受印」がつけるフリーソフトを見つけてきた。これを見せたら「公印がつけたら需要があると思うよ」なんていわれてその気になって、公印までついてしまった。でもこれは偽物だとわかってしまう。それらしいフォントがあればうまくいきそう。(ご覧になりたい方はメールで私までお知らせください。ワード文書でサンプルを送ります。)
夕方になったらとても天気が良くなった。秋晴れだ。こんな天気の日にベッドで過ごすのは残念だが、早く回復して青空の下で大きく深呼吸をしてみたい。
今朝は快晴だ。体調もこの青空のように快晴といきたいところだが、今日も腰が痛い。風邪も治らない。しつこい。
午前7時半ごろ、青空の下をコンテナ船がゆっくりと八戸港に入港してくるのが見えた。やがてガントリークレーンがアームを下げ、コンテナの積み下ろしが開始されたのだろう。平成6年に東南アジアコンテナ定期航路が開設されてから、今では3本の航路がある。
ところで、きのうドキッとするようなニュースが飛び込んできた。弘前国立病院で、がん患者などに対する治療で、放射線の過剰照射が明らかになったのだ。私の部屋でも二人がこれから放射線治療を受けることになってる。これからの人はチェックが入るからいいが、私は既に放射線治療が終了している。この病院では大丈夫と思うが、済んでしまったものは気のつけようがない。気持ちが良くない。
昼食前に、舘体育会の恵茂田哲郎氏、石橋義博氏が見舞ってくださった。今日は天気が良いので、自分はてっきり市の総合体育大会でみんな張り切っているだろうなと思っていたので、そのことを話すと、来週から本格的に始まるらしい。いつもなら東体育館で行われるバスケットボールの試合に審判で出かけていたに違いない。
昨日の土曜日、東運動公園で市職労の駅伝大会が行われたそうだ。これも元気であれば選手になるかどうかは別として絶対に行っていたはずだ。「企画・総務・選管」チームである。そのランナーの一人K氏が参加者一覧と皆さんが走っている様子を写したアルバムを持ってきてくれた。みんな一生懸命だ。そして楽しそうだ。走れる人たちがうらやましい。
| 2003年10月04日(土) |
【写真付】新しいデジカメ |
風邪を引いてから一週間が経つ。だいぶ良くなってはいるものの、微熱が続いており、腰の痛みも引かない。夕べも37.5度まで上がり、腰も痛くつらかった。耐える日が続く。
午後、近所に住む消防団OBで八幡元老の工藤光行さんと、同級生で舘分団三班柳町斉部長が見舞ってくださった。話題のトップはやはり最近訓練に力の入っているポンプ車操法大会のことだ。八幡の班が大会に出場するのだが、他の班も訓練のお手伝いに毎晩交替ででているそうだ。たいへんご苦労様である。
昨日天気が良かったので、新しいデジカメで外の様子を写してみた。 131万画素にしてはまあまあというところか。明るいところでは使える、といっておこう。
今朝の採血の結果、白血球の値が下がっているというので、白血球を増やす皮下注射を今日から3日間することになった。久々の筋肉注射であった。右の肩をつまんで注射しようとした看護婦が「つままさんない」といって場所を変えた。さては腕の筋肉も落ちたか。
気分が少し良くなったので午前中パソコンの前に座り、以前のホームページで海外旅行の写真を見ながら思い出に浸った。私のHPのアルバムは、Photohighwayという富士フィルムが運営している無料のサイトだった。ところが今年の4月から有料に切り替わり、放っておいたら閲覧できなくなってしまっていた。やむを得ず半年分1,800円を支払い、見られるようにした。無料でどんどん使わせておいて、途中で全面的に有料に切り替えるというのはいかがなものか。
昼食後、久々に母が果物を持ってやってきた。生プルーンというのを初めて食べた。 「熱コァ出だてがァ」(発音:ネツコァ デダテガァ)(意味:熱が出たんだって?) 風邪で熱を出していると聞き、心配でしょうがなかったようだ。別に入院している父は、付き添いの母が血糖値の測り方をマスターすれば来週退院できるそうだ。一安心だ。
午後3時ごろには、いとこのだんな有泉さんが立ち寄ってくれた。郵便局の保険の外交をしているので外回りが本業だ。巧みな話術で励ましてくださった。
| 2003年10月02日(木) |
【写真付】手術から3ヶ月 |
手術から3ヶ月が経った。7月2日に手術を受けてから昨日で3ヶ月、もうそんなになったのかと思ってしまう。
夕べも夜中に37.5度まで熱が出た。汗が出てどうしても数回の着替えが必要だった。朝起きてみると日に日に良くなってはいるものの、やはり体が痛くてつらい。
 昼食時にいとこの福山恵美子さんとその息子夫婦が生後4ヶ月の赤ちゃんを伴って見舞ってくれた。ヨーロッパ風のアレンジメントを持ってきてくれた。ふみのり君とたくじ君の兄弟のお兄ちゃんのほうだ。赤ちゃんは愛想良く笑っており、自分の子供の小さい頃を思い出した。
とうとう10月になった。青森労災病院では今日からナースキャップをはずしている。看護婦さんたちのイメージががらっと変わった。風邪で寝てばかりいることもあり、これでまだランキングをつけようという気持ちも新たに沸いてきたので近いうちにやってみたい。
夕べ38.5度まで熱が上がり、今日から抗生剤が点滴に変わった。日中は熱も落ち着いているが、今晩また上がらないとも限らない。ここ数日つらい日が続いている。
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