山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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2013年06月16日(日) 父の日はスタバのデリバリーで


 フラペチーノをトールでキャラメル・マキアートをいただきました。他にモカと抹茶も味見させてもらいました。美味しかった!



 先日NHKBSで手塚治虫と石ノ森章太郎の作品の初回・最終回スペシャルを放送していた。だからということでもないが、買い置きしていた手塚作品を読んでみた。手塚はあらゆるジャンルを描いている。特に歴史ものや宗教ものに惹かれるものがある。
 今回は旧約聖書から「天地創造」である。自分からすると旧約聖書と新約聖書の違いとか、ユダヤ教とキリスト教の違いなど、出発点はいっしょでもどうして異なるものになってしまったのかよくわからないところがある。そういうところをコミックで見たら理解できるかもしれないと思っていた。しかし巻末の解説まで読んでも残念ながらそこまで理解を深めることはできなかった。続編の「十戒」「イエスの誕生」を読むうちに理解が深まることを期待したい。


 手塚治虫の旧約聖書物語シリーズ「天地創造」に続く第2巻である。
 学生時代に映画「十戒」が配信され、ミッション・スクールである隣の白菊学園の女生徒たちがたくさん見に行ったように記憶している。当時聖書の知識など全く持ち合わせておらず、「『十戒』って何だ?」と不思議に思ったものであった。「モーセという人が出てきて人々を引き連れて行き、海が割れてそこを渡るそうだ。」などと断片的に噂が飛び交った。今読んでみるとだいたい合っているようだ。
 それにしても旧約聖書の「神」はイスラエルの民に対してイジワルだ。苦しい試練を与えたり、試してみたり、まるでイジメのようだ。何もそこまでしなくてもと思う。しかもあれほど尽くしたモーセに約束の地を踏ませない。
 私はこの頑なな一神教の信者でなくて良かった。


 旧約聖書に出てくる神さまはユダヤの民に対してとても厳しくて寛容性がないように思う。どうしてこんなにイスラエルの人々に辛くあたるのだろう。他の神さまを信仰する人々にも寛容でない。聖書を礎にしている宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれに言える。

 八百万の神さまを持つ我々日本の神さまや、たくさんの仏さまが登場する仏教などから見ても、一神教である彼らの宗教はとても頑なに見える。

 今回の第3部は「イエスの誕生」までを描いているが、旧約聖書はその手前までで終わっている。いずれにしても神さまは民に辛くあたっており、私からすれば到底理解できない。


2013年06月02日(日) 「八戸市史」が届いた!


 Amazonに発注していた6月の「100分で名著」、トルストイ「戦争と平和」のテキストと、ハリウッド映画の「戦争と平和」が届きました。

 さっそく映画の方を見ようと思ったのですが、娘が孫たちと本屋さんに行くと言うので、先日出版された「八戸市史 通史編�橋畧ぁ廚旅愼�を頼んだところまだ残っていて買うことができました。全体で400部の発行という情報だったので在庫があるか心配しましたが、こういう本は意外にあまり売れないのかも知れないですね。通史編�兇�先に出て、通史編�気聾紊�ら出るらしいです。資料編というのが以前出たような記憶がありますが、書店にはなかったそうです。



 東アジアで最も多く読まれている中国、これ思想書といえば「論語」だそうだが、これに勝るとも劣らないのが道家の始祖といわれる「老子」だそうだ。「上善若水」「小国寡民」など現代の日本にもよく知られて残っている言葉がある。いわゆる負け組とか社会的弱者向けともいわれ、「心の処方箋としてブームになっているという。この老子の説いた思想を「道(Tao)」と呼ぶ。では「道(Tao)」とは何か?
・天地や宇宙を生み出す根源
・万物造成のエネルギー
・自然(おのずからしかり)
と蜂屋氏は説明している。

 「がんばらなくてもいい」「あるがままのあなたでいい」というようなメッセージが多く「癒しの書」といわれる反面、リーダーに対しては「権謀術数の書という一面を持っているのも事実。孫武の兵法書「孫子」に共通する部分も多い。

「論語」は得意のときに読め
「老子」は失意のときに読め

といわれているそうだ。その意味ではやはりドロップアウトした人に向けて書かれているのだろう。

 著者の蜂屋氏も「老子」は大変難解な書物だと言っている。東大の名誉教授が難しいというのだから本当に難しいのだ。
 「無為自然」という言葉が出てくる。これは「自ずから然り」で「何ら作意をしないこと」という意味だ。ただ一切何もしないことではなく、作為的なことは何も行わないことだそうだ。それが老子のいう「無為自然」の理想のあり方なのだという。それが道(Tao)。

 最終的には社会からはずれているからバカボンのパパ語で表現するとわかりやすいそうだ。
「バカをつらぬくのだ」
「赤ちゃんは最強なのだ」
「ヘリくだってえらくなるのだ」
「近道は間違う道なのだ」
「なるようになるのだ」
「まっすぐな人はぶれぶれなのだ」

これでいいのだ!
老子自身も社会からドロップアウトした人。全体像がなんとなくわかったので、次は本文にも挑戦してみたい。


 NHKの「100分で名著」が5月に「老子」を取り上げたので、併せて読むテキストをどれにしようかと思ったが、ここはやはり講談社学術文庫から中国思想の大御所である金谷治先生の著書を選んだ。100分で名著のテキスト・放送に併せて並行して読み進めることができた。

 金谷治先生は冒頭で
「人間が人間らしく生きるというのは、ふつう力みかえって生きることである。われわれがいろいろの場合に『頑張ってね』と口ぐせのように言うのはそれを示している。」
と言っている。
 これに対して老子は「無為無欲」になってその本質に立ち返ることが人間の幸せである。力みかえることをやめて自然態であれ。」と説いているのだと言う。

 「老子」は上篇・下篇に分かれており、上篇は第一章が「道」で始まることによって「道経」とよばれ、下篇の「徳経」と対していることにより「老子道徳経」とも呼ばれる。

 全体を通して言えるのは言葉にしてはっきりとは名指ししないものの、孔孟の儒家に対する激しい対抗意識が見て取れる。むしろ儒教をベースにしてそれに反論を加えるところから老荘思想が成熟していったのではないのだろうか。

 今回100分で名著の放送とそのテキストとも併せて読むことができたので、あらゆる章を熟読できたようだ。以下に「100分で名著」のレビューを抜粋しておく。

--------------[以下抜粋]--------------

 東アジアで最も多く読まれている中国、これ思想書といえば「論語」だそうだが、これに勝るとも劣らないのが道家の始祖といわれる「老子」だそうだ。「上善若水」「小国寡民」など現代の日本にもよく知られて残っている言葉がある。いわゆる負け組とか社会的弱者向けともいわれ、「心の処方箋としてブームになっているという。この老子の説いた思想を「道(Tao)」と呼ぶ。では「道(Tao)」とは何か?
・天地や宇宙を生み出す根源
・万物造成のエネルギー
・自然(おのずからしかり)
と蜂屋氏は説明している。

 「がんばらなくてもいい」「あるがままのあなたでいい」というようなメッセージが多く「癒しの書」といわれる反面、リーダーに対しては「権謀術数の書という一面を持っているのも事実。孫武の兵法書「孫子」に共通する部分も多い。

「論語」は得意のときに読め
「老子」は失意のときに読め

といわれているそうだ。その意味ではやはりドロップアウトした人に向けて書かれているのだろう。

 「無為自然」という言葉が出てくる。これは「自ずから然り」で「何ら作意をしないこと」という意味だ。ただ一切何もしないことではなく、作為的なことは何も行わないことだそうだ。それが老子のいう「無為自然」の理想のあり方なのだという。それが道(Tao)。

 最終的には社会からはずれているからバカボンのパパ語で表現するとわかりやすいそうだ。
「バカをつらぬくのだ」
「赤ちゃんは最強なのだ」
「ヘリくだってえらくなるのだ」
「近道は間違う道なのだ」
「なるようになるのだ」
「まっすぐな人はぶれぶれなのだ」

 これでいいのだ!


2013年06月01日(土) 薄いピンクの牡丹の花と鉄線


 昨日写した牡丹の反対側に薄いピンクの花の牡丹がこれもたった一株咲いたので写真を撮りました。今日は天気が良く、背景の田んぼがハレーションして花の色が良く出ないみたいです(^。^;)
 隣のツツジに鉄線(クレマチスとも)がたくさん絡んでいたのでコッソリ写してしまいました。日当たりがいいのかうちのより早く咲いたようです。


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