まろやかな日々
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2006年03月31日(金) ファン

朝、出勤したら
自席に手紙とプレゼントが置いてありました。

「きぬ様
 大変お世話になりました。
 きぬさんのキャラ?(失礼)すっごくステキ!!
 私は、きぬさんファンです。
 ますますのご活躍祈ってます。
 (いつも必死な私は、きぬさんに沢山励まされ
  たのしませていただきました。感謝です!)
 いろいろとありがとうございました。
 &これからもよろしくお願い致します」

隣の係のセンパイからでした。
4月に、他の部署に異動してしまうのです。
シゴトで絡むことはありませんでした。
でも、彼女の席は私の真後ろなので
私が周りの人と話しているのが聞こえる度に
「楽しいねぇ〜」と、振り返ってくれていました。

自分としては、特別なことなど何もしていないので
そこまで喜んでいてくれていたのかと、驚くと同時に
同じ課になって1年半の間に、仲良くなり切れなかったことが
今になって、とても残念に思いました。

センパイは、私だけではなく
私の係の全ての人に宛てて、それぞれに手紙を書き
プレゼントを贈ってくれていました。
何もしていなかったのに。
こちらこそ、「ありがとう」しか言えません。

近いうちに、ゆっくり話が出来ればいいなと思います。



あの頃私は。。。
2002年03月31日(日) きぬ@遠足

2006年03月29日(水) サクラチル

桜が開花して、暖かい日が続いていました。

でも、私が待っていた春は来なかった。
桜は散ってしまった。。。

覚悟はしていたものの
体温が下がった今朝、1日中気分が重く
思い出す度に涙が込み上げました。

苦しくて、息が出来ない程でした。


あの頃私は。。。
2002年03月29日(金) きぬ@ボーリング大会
2006年03月28日(火) 明治の女










あの頃私は。。。
2003年03月28日(金) どっちが大切なの?
2006年03月27日(月) if

もし、浮気をしたら・・・という話を彼としました。

「そしたら、即離婚するね」と、私。


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彼も、笑いながら同じコトを言いました。
「洋服は持って行っていいよ」と、付け加えて。

そういう話が出来るのは
お互いが、絶対に大丈夫と信じているからだよね。
よかった。

あの頃私は。。。
2004年03月27日(土) お花見会
2006年03月26日(日) 名前負け

ちょっと気が早いけど
昨日、帰りのクルマの中で
「もし子どもが出来たらどんな名前にする?』という話になりました。

私が、「いかにも名前負けってカンジのは可哀想だよね」と言うと
彼は「今のトコロの候補は、そんなに名前負けにならないと思うよ」
と言うので、「名前負けって、例えばどんなの?」と聞いてみました。

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大爆笑してしまいました。
そりゃそうだ。
そもそも、そういう家柄じゃないし。

楽しいなぁ。
早く、もっと本気で考えたいよ。
待っているからね。


あの頃私は。。。
2005年03月26日(土) 注射
2004年03月26日(金) 恋人がいるあなたに100の質問
2002年03月26日(火) きぬ@人事異動
2006年03月25日(土) 呪縛

自分の中で、「5周年」というのは
とても大きな壁だった。

今日は「ずっと一緒」と言っていても
次の日には嫌いになれるというコトを知ってしまった時から
信じていても、常に不安が付きまとっていた。

あの日を飛び越えて
これからは、彼と一緒に未知の世界へ。
でも、一緒なら大丈夫だよね。

記念日の今日。
成田へドライブ&お蕎麦&イタリアンディナーだった。
全てがうれしく、楽しい。

呪縛から解き放たれて
これからも、彼と一緒に手を繋いで歩いていける。
もっともっと大切にするから。


あの頃私は。。。
2005年03月25日(金) 独り
2004年03月25日(木) ぺるー
2002年03月25日(月) きぬ@1周年/まろ@1周年
2006年03月21日(火) ステップアップへの道

今回の周期でダメだったら、ステップアップ。

でも、次に進むためには
やることが沢山あるのです。

入院した時の検査内容を確認したところ
追加で検査をしなければいけないものがありました。
子宮体癌とホルモン負荷の検査です。

子宮体癌は、50歳前後に発症することが多いようなのですが
30歳を過ぎたら定期検診が必要とのことです。
入院当時は、まだ対象年齢になっていないのでやらなかったみたいです。

ホルモン負荷検査は、不妊治療をする際に最初に行なう検査だそうです。
視床下部から分泌されるホルモンを注射して、ホルモン分泌の反応をみます。
採血するのは、注射直後と20分後。
LH-RHテストでは、下垂体から分泌される
黄体化ホルモン(LH)・卵胞刺激ホルモン(FSH)の量の変化で
視床下部・下垂体・卵巣の機能を調べ
TRHテストでは、下垂体から分泌されるプロラクチンの量の変化を調べます。

プロラクチンとは、乳汁分泌ホルモンのことで
下垂体から分泌され、乳腺に作用して乳汁の分泌を促す働きがあります。
通常、男女ともに少量分泌されていますが、値が高くなり過ぎると
男女ともに不妊症の原因になるそうです(高プロラクチン血症)。
女性の場合は、黄体機能不全・無排卵・無月経となり
男性の場合は、造精機能に障害が出ます。
原因は薬によるもの、下垂体腫瘍、原因不明などがあります。

その検査の他に、IVFの説明を夫婦で受けなければステップアップ出来ないそうで
ホルモンの注射を打つコトもあって、実際には次周期は自然排卵にして
その次の周期に本番ということになりそうです。

でも、今は信じて待つだけ。
どうか、お願い。


あの頃私は。。。
2004年03月21日(日) 待つ
2003年03月21日(金) 子どもの存在
2002年03月21日(木) きぬ@家計
2006年03月20日(月) 悪循環

今日は、病院の日でした。

「受精卵を待つ環境は、完璧に整ったよ。
 子宮内膜も14mmあるし。あとは運だね。AIHの確率は1割だから」

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通院の度に(今日も)、採血して調べているE2の数値が
異常にいいようなのです。
排卵時、通常250前後あればOKなのに
私は400以上!!!
それはもちろん
クロミッドを服用した効果もあってのコトではあるのだけれど
服用しても、通常レベルがやっとの場合がほとんどなのに
ここまで上昇するとは!というコトらしいです。
「きっとホントは、強い卵子を持っているんだねぇ」
と、言っていました。

じゃあ、何が卵子を作る力を妨げているのだろう。
どうして、数値が通常の半分以下の弱い卵子しか
今まで作られていなかったのだろう。

ストレス?
何の???

でも、もし今回がダメなら
ステップアップしたいと言いました。
私には、卵管に不安要素があるから。
このまま、ずるずると時間を掛けることに
耐えられそうにないから。
「そうだったね。それなら、もしダメだった時には先に進んでみよう」
と、ピーコ先生も納得してくれました。
あとは、4月を待つだけです。

もし。。。
ストレスが赤ちゃんを遠ざけているとしたら
シゴトから離れた方がいいのかな。
でも、治療費を捻出するためには
働き続けるしかない。
辞めても、確実に赤ちゃんが来てくれるとは限らないんだから。
なんて悪循環なの。


あの頃私は。。。
2004年03月20日(土) 花見/雪見
2002年03月20日(水) 今日の夕食
2006年03月18日(土) 負け組

彼の友だちのブログを久しぶりに見たら
第2子を妊娠中であることが書いてあって、とても衝撃を受けました。

別にその人とは何の面識もないのです。
でも、予想していなかったことに加えて
とても幸せそうで、楽しそうな様子が羨ましかったのだと思います。

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そう呟いたら、涙が止まらなくなってしまいました。
自分は「負け組」なのだと強く思いました。
ジミーを失って、手術を受けて 
職場に迷惑をかけて、貯金を全部使い果たす覚悟で不妊治療に通って
これ以上何をすれば
赤ちゃんは私のところに来てくれるの?

「他人と比較しちゃいけない。
 その人だって
 自分たちには解らない苦労をいっぱいしているハズなんだよ。
 きっと、赤ちゃんは来てくれるよ」
と、彼が言いました。

じゃあ、いつ?
明日?明後日???
結局、解らないんじゃない。
来てくれないかもしれないってことでしょ。
そういう可能性もあるってことでしょ。

彼は、何を根拠に
何をどれだけ信じて、そう言ってくれるのだろう。
でも、思いきり泣いて
彼に気持ちをぶちまけていると、次第に気持ちが落ち着いてくるのでした。

たとえ、負け組であっても
頑張らなければ先に進めないコト
ちゃんと解っているんだよ。
こんなコトを何度も繰り返して、もううんざりかもしれないけれど。

ごめんね。



あの頃私は。。。
2003年03月18日(火) 天気予報
2006年03月15日(水) AIH

昨日、無事AIHを終えました。

当日は、個室を用意してくれていて
彼の精子を採取する→遠心分離器にかけて状態のいい精子を取り出す→子宮の中に入れる
という流れで、だいたい1時間くらいで終わってしまいました。

子宮の中に入れる作業は、普段のエコーと同じようなカンジで
痛みもなく、すぐに済みました。
精子を取り出す作業に時間がかかるようです。
精子検査も兼ねているからね。

彼の精子検査は3回目だったのですが
これまでで一番いい数値でした。

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AIHが済んでから、看護師さんの説明がありました。
当日の入浴はシャワーにするようにということと
20日前後が着床の時期だから、その頃の夫婦生活は控えるようにと指示されました。

そして、16日から服用する薬をいただきました。
小児用バファリン(血流を促進する)と
プラノバールとプロゲステロン膣座薬(子宮環境を整える)です。
全て寝る前に服用するようにと言われました。

hCGを注射したのが13日の15:20頃。
約36時間後に排卵するというコトなので
15日の3:20頃に排卵するハズです。
その前に、彼の元気な精子を入れて卵子を待ち構えるという作戦なのです。

ちょうど排卵した頃、普段は夜中に目が覚めないのに
何故か一瞬だけ覚醒しました。
それが、卵子と精子が無事に出会えた合図だと信じたい。

あとは、結果を待つのみです。



あの頃私は。。。
2005年03月15日(火) 大出血
2006年03月14日(火) ラブレター

今日はホワイトデーだったので
プレゼントに、遂に念願のラブレターをいただきました。

金欠っていうのが原因だと思うけれど。

それでも、うれしい。

えむぞうの引き出しから、何気なく取り出して渡してくれて。
かっこよかったなぁ♪


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それは、まぁ置いといて。

大切にします。
ありがとね。


あの頃私は。。。
2005年03月14日(月) ほうれんそう
2002年03月14日(木) きぬ@ラブレター
2006年03月13日(月) 治療の流れ

今日は、卵子の状態を確認する日でした。

とても状態がいいようで、明日AIHをするコトになりました。

それで、36時間後に排卵させる注射をしました。
時間まで決まっているなんて、凄すぎる。。。

そして、採血もありました。

診察の度に採血があって、それだけでも気分のいいものではないのに
しかも結果について、何も教えてくれない!
さすがの私も、疑問を感じてきました。
なので、採血の時に看護師さんに疑問をぶつけてみました。

そうしたら、「こういうの、貰ってないですか?」と
治療の流れが書かれたプリントを見せてくれました。
貰ってないよ〜!そんなの。
それって、そもそもAIHを始める時には
知っていなきゃいけないコトだったのでは。。。
看護師さんはプリントを渡して
内容を説明してくれました。

説明を受けて、ようやく納得出来ました。
でも、採血の結果が生かされるのは次周期からみたい。。。
なんだか、今回はダメっていうのが前提になっているような気がして
ちょっと悲しくなったけれど
本当にダメだった時にデータがないのも困るのだろうから
それは仕方ないんだよね。

とにかく明日、勝負です。

**********

 � 〃邨个�来た日を1日目(D1)とし、その日から数えて7日目(D7)あたりで
   1回目の診察となります。
   →超音波で卵胞の大きさと採血(E2:エストロゲン・LH)をします。

   ※月に約20個の卵胞が選ばれ
    D7くらいで1個だけ大きく育っていきます(主席卵胞)。
    卵胞が大きくなるに従って、E2の値は上がっていきます。
    (D7の時点では、100pg/mlくらい)
    LHは低い値を維持します。E2とLHを測定することで
    その時の卵子の状態を評価します。例えば、E2が低かったり
    LHが高かったりすると、卵子の状態が悪くなったりします。

 �◆�D10〜D12で、2回目の診察です。D7の段階での卵胞の大きさによって
   2回目の診察がいつになるか決まります。
   →1回目の診察同様に超音波と採血(E2:理想は250pg/ml・LH)をし        
   比較します。

 �� 卵胞が20mm前後に成長したら、hCGを注射して排卵させます。
   タイミングであれば、その日と翌日に夫婦生活の指示をします。
   ここまでの間に個人差はありますが、だいたい2〜3回来院していただきます。

 �ぁ�hCGを注射した1週間後(D21)あたりで診察になります。
   →超音波で子宮内膜の厚さと形を診て、採血(P4:プロゲステロン)で
   きちんと排卵したかどうかチェックします。

   ※卵子が排卵した後の卵胞は、黄体になり(P4)が出ます。
    基礎体温票だけだと正確な黄体期の評価(黄体機能不全など)が出来ないので 
    P4を測定します。P4は、約8ng/ml出ていれば理想的です。
    例えば、基礎体温が低くてもP4が出ていれば黄体機能不全ではありません。
    子宮内膜は分泌期像という状態になっていて、厚さは5mm以上あれば
    卵を迎え入れるフカフカベッドが出来ています。
    準備はバッチリです。


あの頃私は。。。
2005年03月13日(日) 恐怖
2006年03月10日(金) 耳鳴り

彼が、昨日の夜から耳鳴りがすると言うので
シゴトを休んで病院に行ってもらいました。

検査の結果、一部の周波数の聞こえが悪くなっている
と、いうことが判りました。

薬を処方してもらったのだけれど
それは、末梢神経に効く薬のようで
その時に、ムチウチのことを思い出して不安になった彼。

すっかり元気がなくなってしまいました。

でも、早く診てもらったのだから
すぐ治るハズ。

お医者さんの言うとおり
お酒も、夜更しも我慢して
しっかり養生してね。

自分は気が付かなくても
疲れているんだよ。


あの頃私は。。。
2002年03月10日(日) 今日の夕食
2006年03月09日(木) 順調

今日は、今周期最初の診察でした。

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あまりのスムーズさにビックリしてしまいました。

木曜日の診察は、ピーコ先生ではありません。
卵胞の状態を確認して、血液検査をしました。
クロミッドの効きを確認するためだそうです。
卵胞もいい状態のようで
月曜日に様子を診て、火曜日か水曜日にAIHになりそうと言われました。

ここの病院について
診察の度に血液検査をするので
それが嫌だったという話を聞いたことがあったのですが
目的がちゃんと解れば、不信感に繋がることはありません。
きちんと状態を把握して、適切な治療をしてくれているということなのだから。
でも、ここの病院の先生はテンポが早いので
こちらが食い付いていくくらいじゃないと
上手くコミュニケーションが取れないのかなと、感じました。
幸い、私たちは今のところ
先生といい関係を作れているんじゃないかなと思います。

いよいよ、勝負です。


あの頃私は。。。
2006年03月05日(日) 意地

昨日、駅まで彼に迎えに来てもらいました。
いつも使っている最寄り駅ではなく
デパートもある大きな駅でした。

待ち合わせが、上手くいかなくて
すれ違った挙げ句に、やっとクルマに乗り込みました。

お互いの連絡が足りなかっただけなんだけれど
どうにも収まらなくて、車内でケンカしてしまいました。

いつもは、私が怒ってクルマを降りようとすると
慌てて引き止めてくれるのに
彼は、「今日は引き止めないからね!」と宣言しました。

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もう、意地でした。

「引き止めなくて結構コケコッコー!ごきげんよう!!!」
と言って、信号待ちのクルマから降りました。
信号は間もなく青になり
彼が乗ったクルマは走り去っていきました。

クルマから降りたところは、普段通らない場所でした。
私は、そこでやっと
独りになったコトを実感しました。
実感したら、急に寂しくなって
涙が出てきてしまいました。

でも、仕方がない。

自宅まで歩くか
それとも、このままどこかへ行こうか。
どちらにしても、知っている道に出なければと思いました。
方向を見当つけて、泣きながら歩きました。

しばらくすると、彼から電話がかかってきて
「ごめんね。今どこ歩いているの?」
と、言いました。
すぐに引き返してくれたみたいなのです。
私も心細かったから、ちゃんと素直になれて仲直りしました。

もっと、ちゃんと連絡しようねと話しました。
やっぱりハンズフリーが必要かしら。



あの頃私は。。。
2006年03月04日(土) 再会

2/14に長男を出産した友だちに
逢いに行きました。

子どもは未熟児で、明日退院の予定でした。
本当は、彼女も退院したばかりだし
今日無理に逢うこともなかったのだけれど
彼女に頼まれた用事があって、どうしてもと言われたので
伺うことになったのです。

彼女は、入院していた3週間の間に
感じるコトが色々あったらしく
親や兄弟夫婦との関係も難しくなってきたコトもあって
いつも以上に、話が止まらないようでした。

出産しても、子どもの話だけにならないでいてくれたことが
私にとって、何よりの救いでした。
私も、楽しい時間を過ごせたから。

彼女の後に続けたらいいな。
頑張って、泳ぎ切るからね。

頑張って。


あの頃私は。。。
2004年03月04日(木) 停滞
2003年03月04日(火) 長電話
2002年03月04日(月) まろ@初レッスン。
2006年03月02日(木) 断念

生理が始まったので
職場からピーコ先生の病院へ
診察予約の電話をしました。

その時に、思い切って
AIH→IVFに方向転換出来ないか聞いてみました。

すると
「IVFをするためには、前周期の中頃から
 投薬などの準備をしなければならないので、無理です」
と、言われてしまいました。。。

家に帰って、不妊治療の情報誌を読み返すと
電話で言われたのと同じことが書いてありました。

私が勉強不足だっただけでした。
気持ちばかり焦っちゃって。

でも、なんだか
とても悲しい気持ちになってきて
全部上手く行かないような気がして
彼に逢ったら、涙が止まらなくなってしまいました。

彼は、「最初からこの予定だったんだから」
って慰めてくれたけれど。

いつか、本当に赤ちゃんはやってくるのかな。
不安でしかたないよ。



あの頃私は。。。
2002年03月02日(土) きぬ@企画力

華泉 |MAIL
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