二ノ宮啓吉の区政日記
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| 2006年01月29日(日) |
めぐろの子どもたち展を見て |
私は目黒区芸術文化振興財団評議員の議長を務めておる関係から毎年パーシモンホールや美術館の案内を頂く、今日は新年会も少ないので合間をぬって、拝見に行った。
何だかマンネリ化して図工の先生の企画が悪すぎる、 平成十七年度目黒区立幼稚園・小中学校連合展覧会ならもっと特徴を出すべきで、毎年同じ趣向では父兄の方は子どもの作品を見に来るが一般の人はあきれてこないね。 以前北京の崇文区との交流絵画を拝見したがまたまた同じ趣向、向こうの先生は「良い色が出てますねとか色のことばかり」見事とか、うまいなって 聞かなかった、残念。
又以前ルーブルに行った時に子ども達が「模写」をしている姿を拝見した、やはり素晴らしい絵を模写する事により、どの色をどこにとか勉強になるのではないか、今回中で小学生が描いたモニリザの模写が一点有った、素晴らしい絵を見る事は絵の基本ではないかそしてその絵を額に入れて家に飾る事が出来るのではないか、先生方の一考を期待したい。
中でも五中の御菓子・と一版多色木版画、七中の野菜は紙粘土でみずみずしい上出来、三中の海(佐藤)木版の(小笠原)(土肥)の作品は良かったと思う。 二中の3年の(上田)の動物の毛が一本一本に描かれて素晴らしい作品。
帰りに教育長は来たが区長は来てないのですがこれから来られますかと尋ねられたが、返答に困ってしまう。
今日は一日芸術文化に触れた一日であった、午前中は女房の松尾流の東京での初釜に家元席に入って「わび・さび」のはしくれを味わい、 午後は区民センターで友人のフラメンコの発表会にフラメンコギターとしびれる歌と官能的な踊りに新年会の疲れを癒した一日であった。
| 2006年01月24日(火) |
カボスが生んだ防災協定の話 |
「かほす」が結んだご縁、臼杵市との交流
宮城県気仙沼市の有志が「目黒のさんま祭り」実行委員会を結成して目黒の区民祭りにサンマ運んで11年目を迎え、その縁で気仙沼市とも相互防災援助協定を締結した、平成12年「サンマ」に「かぼす」との良縁で大分県臼杵市より市長以下かぼすレディーと共に友好が深まり、昨年市長が上京したおり、両区市との相互防災協定の申し込みが区長にあった事を受けて、議会運営委員会が臼杵市の実情をつぶさに視察して今後の協定への備えとなった。
1月23日に大分県臼杵市に午後1時に到着、庁舎玄関に後藤国利市長が出迎えて頂き、会議室で中野助役・山田特命理事・総務課長・防災課長と市議会より牧市議会議長・高橋副議長・匹田総務委員長・野尻副委員長同席の元で協議が始まる。 まず臼杵市の状況を説明され続いて防災対策について話が続いた、人口は43.354人、面積は291.02平方メートル、主な産業は造船業287億円、みそ・醤油業183億円、農業産出額74億円と第三次産業が衰退しており、市長は観光産業に力を入れて、整備が進んでいた。 防災については九州は台風の通り道で毎年被害にあっている、しかし遠距離では有るが、農産物等の支援はかなり実現的な資料を頂くが、どちらかと言うと財政的、災害発生率から見ても支援する範囲が目黒区の方が豊富に見受けられる、臼杵市では東南海、南海地震に備えて警報設備を整え、水害対策には護岸を高くする擁壁工事が進んでいた、一通りの防災対策を視察して参りましたが海岸線が短く市内の大半が低地で津波・水害の危険性は大きく感じた。 非常食の「とり飯缶詰」・「たくあん缶詰」を参考にいただく。 本来防災の所管は企画総務委員会ではあるが総合的に鑑み、以前区議会の議会運営委員会が気仙沼市を友好交流をした後に防災協定が結ばれた事が有るので、その例に習って今回視察を実行に移した。
先にも述べたが臼杵市は遠距離で急の対応は無理で有るが、数多くの援助協定は今すぐに財政的な支が伴わないので、いざとなった場合に支援を頂ける事は 両市区にとって有効の手段と考える。 そのご縁が広がり互いの区民交流と産業の活性化に寄与できれば大変良い事と感じた。

| 2006年01月17日(火) |
本当に日本は中国の属国になるか |
昨日目黒法人会の春の講演会で「桜井よしこ女史」の講演を拝聴した。 相変わらず美人評論家だ。
「21世紀の日本の運命を握るのは中国と米国である、もしかすると日本を併合する勢いである、それに対しては日本人としての志の問題だ、戦後60年間で日本は液状化現象を起こしている。
東シナ海の海底資源の問題も日本は何も出来ず、中国になめられっぱなしである、その海域は中東に匹敵する石油の宝庫であり、その近くの問題の島 尖閣諸島も以前はれっきとした日本の神社も船着場も有り日本の領土であることは明白なのに時の中国の周恩来総理は「何でちっぽけな島に、と言って帰属は100年先にしましょうと」当時の佐藤・田中総理はODAや国交樹立してしまったのが始まり、以後(日本のチャイナーチルドレン)は日本の主権に関することは一言も発言せずに今日に至ったのが原因。
江沢民国家主席によって推進された「愛国主義は全国に反日教育のセンターをつくり反日活動を奨励していると思う」と発言があった。中国の子ども達 2億3千万人がバスで抗日記念館などを見学にきて反日教育をされている現状では、日本は単に靖国神社問題だけでは終わらないと思う。その点小泉総理は自分の意思を通して立派と評価している。
まず台湾問題は少なからず近いうちに併合されるであろう、何故ならガイショウ人と言う大陸からの中国人社会が成長しているからで、台湾出身の 陳総統も次ぎの選挙には苦戦であろうと予想している。
気になるのは経団連の会長が中国との経済関係から「靖国神社参拝は遠慮すべきとの発言には、」中国との経済交流を主として、日本の主権までも売る ような気がしてならない」
まず厳しい財政状況では有るが「教育費・防衛費」だけはカットしてはならないと思う、国を思い、日本は何を目指すかきちんと自覚して行かないと その内「中国の属国に成り下がってしまう」と警告を発して終わった。
今国会でも憲法9条の問題があり、交戦権の問題も真剣に考えて本当に これでよいのか、考える時と私も感じた、但し戦争はすべきではない事を付け加えておく。
| 2006年01月15日(日) |
食の安全について石原都知事の挨拶 |
1月13日京王プラザホテルで食に関する三団体の新年会があった、この会だけは必ず石原都知事がご出席して新年の挨拶をする。 昨年制定した食品安全条例をうけて「食は文化だ」自主管理認証制して ノロウイルス等の指導を徹底して行きたい、食の安全は社会の安定の基本要因であり、確り食中毒等の発生抑制に努力してもらいたい。 話はそれるが �|羚颪侶糞い�過熱している10%以上の経済成長は危機である。 �▲ぅ鵐侫襯┘鵐兇�鳥から人えと伝染するが人から人えと大変な事になり心 配だ。 ��世界的オイルの加熱にうれいている、石油は生活基盤を支えておりこれも心配の種である。以上3つが安定すれば景気の足取りは明るい見通しである 都税収入も6兆円規模になり、前年に比して3千5百億円の増収が期待できた、税金を還元するために景気刺激策を講じて参りたい、2016年の東京オリンピックもその一つで実現に向かって議会の執行機関が手をとって行きたいの新年の挨拶で述べられてい。 特に「食」の安全・安心は社会生活の基本要因だと挨拶され、いかに食べ物が人間生活に必要不可欠な物か改めて認識できる挨拶であった。
| 2006年01月11日(水) |
すばらしい目黒の成人式 |
9日目黒パーシモンホールで区主催の成人の日のお祝いが開かれた。 全国で昨年より7万人減少して合計143万人の新成人が誕生した、目黒区では2.506人 =(男子1.211人・女子1.295人)である。 当日は晴天に恵まれ1時からの開式を入り口で待っている真面目な方々が多く見受けられ、パーシモン定員1.200席ほぼ満員の1.156人が出席
区長は自分の時の話をし、宇宙飛行士野口の少年時代の「夢」を語り、二十歳の宮里愛さんのプロゴルフアーの夢の実現について若さの特権、無限の可能性や困難についての話をされた。 続いて議長が人生に三ッのお祝いがある、誕生・成人・結婚。 選挙権について責任と義務に付いて話された、「子ども条例」は何だったのか意味不明。
成人の女性 牧野れい子さんの決意表明はみな大きな拍手、つづいて浅田ケンジ君の意義深い成人式、人生を飛行機に例えて、風や・嵐・困難を乗り越えて可能性を信じて不可能を実現に持っていこうと、人生は勝負 情熱を燃やして行こう。と話された。素晴らしい話で大きな拍手で気持ちが良かった。
残念な事に20歳に成って何が変わるか「選挙権」の責任についてもっと話されるべきと思う。以前は選挙管理委員会委員長が挨拶があったがガーデンプレイス以来無くなってしまった。
| 2006年01月07日(土) |
目黒区新春のつどいの反省 |
1月4日目黒雅叙園にて恒例の新年のつどいが開催されました。 今年ご招待した方は区行政と係りのある住区・町会・民生委員・保護司・行政委員など区民の代表者の方と昨年区政功労を受けた方々をお招きしている 外国の区内在住の大使閣下もお招きしている。
そこで 区長・議長の挨拶は長々と有り、同じ内容の挨拶を聞かされた、行政側と区議会側が同じ様では議員としての責務が無い。 予定を決めて五分間とか七分間に統一した方が良いと思う、そして私が一番気になるのは各国大使の取り扱いだ、大使は国を代表してその国に赴いている方なので、よく大使閣下と言うくらいなのに目黒区では舞台に上げて名前のみとは、ちょっと失礼な感がある。以前は代表してご挨拶を頂いたのになぜが最近は省略・・・・??????。 乾杯をしてからでも各国大使代表・国会議員・都議会議員代表・にも時間を区切って挨拶を聞きたいもんだ、新聞の古い記事を繰り返している挨拶なら 次回から遠慮していただくぐらいにしていかないと、唯顔見世興業になってしまう。
もっと招待者を明確にすべきである、後から誰かにお願いされたから追加する様では示し賀つかない。そして費用をもっと節約する方法を模索すべきで、飲み食いに来ているのではないので、考える時と思う。
晴天に恵まれた元旦は朝の年賀ハガキを見ることから始まる、公職にある者は公職選挙法で年賀ハガキを印刷して出せないのがつらいですね、手書きや返信のみとは、馬鹿げておりますね。以前には3百枚程書いておりましたので 元旦は返書に夕方まで掛かりました。 又毎年色紙に干支の絵を描いてその横に下手な書で今年は「平常心」と書きました、やっと五十枚ほど書き上げて友人に年賀ハガキの代用品として配ります、中には喜んで家の玄関に掛けていただいている家もあります。
さて「人口減少社会に突入」新聞の社説でも人口減少に警笛をならしています。暮の20日に厚生労働省の人口動態統計の推計値が出されました。 民族として歴史的節目とも言えるだろう。明治以来経験した事の無い人口減少時代を迎えた。 ここ一二年は減少は数万人程度だろうが、今の子が成人する二十年後は、毎年30万人規模で減少する推計を出している。 幼稚園・保育園の経営、学校・大学経営も、もう冬の時代どころではない 「氷河期」に入ったと嘆いている声が聞こえる。 経済活動も国力も落ちてくる、早く手を打たないと税収も減少するし労働人口が減るとそれだけ企業も減退してくる。困ったものだ。 国も都も区も真剣に人口問題に頭を使って行かなくてはならない問題だ。
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