番茶日記
札幌編から神奈川編へ
PC持ってないからかなり不定期更新
内容も寂びれてます

2003年07月28日(月) 無題の無題

ああー日記書きたいなぁと思いつつも書こうとするとかけないもんだなぁ
たくさんの出来事があって
いっぱいたくさん、いろいろ思ったけど、
それを陦みたいにすらすら書くことは、なんか今はできないみたい
無理に書くようなもんじゃないし

なんだか最近、自分が停滞してる気がする。
日記の再開も今日メールしようと思っていたけど、気乗りせず
梅雨は明けても、なんだか自分自身はすっきりせず、
心がもやもやしてるよ、

私は、今どうしたいのか?そんなこともわかんないや

とりあえず、帰省して遊んできまーす



2003年07月27日(日) たくさんの拍手

一応、言っておくけど日付と日記の内容は一致してないです。
もう、思い出せないもんその時何が起こったのかなんて。

またもや、仕事の話。
生でも、撮影したビデオでも何回も結婚式というものを見ます、
実際に式場にいるときには、撮影やアシストでいっぱいいっぱいで式の様子なんてどこへやらで、出来上がったビデオをチェックするときになって、�tめて式と披露宴の様子を見ることができるんですけど、
何回も見ていくうちに花嫁が泣こうが父が泣こうがなんとも感じなくなっていく私。笑えない余興もへたくそな歌の贈り物もどうでもよくなってくる。
それは、赤の他人の(客ではあるけど)結婚式で結婚式に慣れてたあたしだからなんだろうけれど、
先輩に「思わず、泣いてしまったことってあります」って聞いたら「あるよ」と返事、「普通新郎のお母さんの挨拶ってないんだけど、あってその内容がまた泣かせることで」って言ってた。

たまーに、「ああ、これはいい式だな」というのもあるし
ビデオでチェックしてて、ウルっときても、「あ、ノイズ出てる」と仕事も忘れてません。

これから、何回も結婚式も披露宴も見ることになって、だんだん何も感じなくなっていくんだろうけど、そんなときに撮影してるこっちまで感動してくる、そんな結婚式にめぐり合えたら、それはとてもうれしいことでしょうね。



2003年07月26日(土) 今ここに

皿の上乗ったフォアグラが、あたしの目の前で運ばれていって。
汗をかいて喉が渇いているあたしの目の前でおいしそうにシャンパンを飲んでる。
たまにね、いやたまにじゃないかも、しょちゅう
「うがー食べてぇ!飲ませろぉ!」ってガンガン心が叫んでいるのです。

そこは結婚披露宴の会場。
なんでか、ホテルのVTR編集室で仕事中です。
メインの仕事は、ハンディカムで新郎新婦に終始密着して結婚式のメイキングを作ること。
今日は、結婚式が多かった日だったので、�tめてひとりで撮影行かされました。
新郎新婦に挨拶しても「�tめてやります」なーんて言えないし、とりあえず笑顔、女優と思いきや、カメラ小さいけどずっと撮影してると手は震えるし、動き回って汗はだくだく、言葉をかけても明らかに震えてるあたしの声。
撮影が終了したときには、風船のように力が抜け、撮影したビデオを見てみるとどっかに行きたくなった。

後ろ向きで新郎新婦を撮影して、柱に激突
ビデオでもしっかり「ガッン」となって「大丈夫ですかぁ?」の新郎新婦の声が写ってた。
「大丈夫」とすぐさま答えたけど、泣きそうになりました。



2003年07月25日(金) さよならこんにちは

今日は私が�y恋人いない�L5年の日
そして23歳になった日だったのです。

なんだかんだいっても、毎年誰かが祝ってくれるのですが今年は
そんなこともなく。
やっときたおめでとうメールはぷふうさんから
「昨日スーパーで誕生日だからってパック�軌貎佑膿�べて、いつの間にか寝てて、起きたら誕生日、夜は飲み会、でも誕生日会とかじゃなくて友達の送別会、買ったプレゼントは銀行にまんまと置き忘れ」と返信したら
笑ってたメールで。

そんな愛に恵まれず、いつでも誇らしげなくそったれな一人身のあたしですが
午後からは友達が祝いにきてくれてプレゼントくれて一緒に飲んでくれたり。
夜、友達のお別れ会にかなりおくれて行ったのに、あわせて祝ってくれたり
とても恵まれた、人だったのでした。

あとがき、追伸
後日、たくさんの祝いメールを貰いました。
あたしは変なとこ照れ屋なので「言葉はいいからモノくれ」っていちゃいますけど
結構、うれしかったりします。
あと、毎年恒例のように誕生日はご近所ゲイ友とやっていたのですが
「今年友達にやってもらったのはうれしいけど、あんたのがないのって寂しいねぇ」としみじみいったら
「そんなこと言ってくれるなんてうれしいねぇ」と
あっちもしみじみ言っておりました。



2003年07月24日(木) それってどうよ

南の島で1人で泳いでいるとき、熱帯魚があまりに綺麗でどこまでもついていったら、足が底に付かなかった、シュノーケルに海水が入って、沖まで泳ごうとしてるのに全然前に進まなくって、本気で死ぬかと思った。
私は死後の世界を信じるほう、死にそうな時冷たいことを想像するより、暖かい所を信じた方が安らかに死ねるじゃん。
三途の川は、あのぐらい、綺麗でフワフワしてて、暖かいところなんだろうかね。

こんなこと書くと自殺願望があるように勘違いされそう「死ななくてよかった!あたしには大切な人がたくさんいて、楽しく暮らしていくんだよって!這いずっても生きてやる!」な人です。間違いなく。

昨日の日記を読んでると、なんだか辛気臭くって嫌になった。
辛さとか、哀しさとかって、浸かりきってると底がないと思う。
私は、そこに浸かりきってしまうのがホント嫌だ。
「ハイハイ、しっかりしろよ!上に上がれよ、限界超せよ!」とか思っちゃう。

「何で?」と言われるんだけど、住所神奈川、勤務地横浜だけど
「3年たったら帰るよ、だって帰りたいからこっちにいるんだもん」と言ったら不思議がられる。

「乗れる波にには乗っとけ」同居人と私が同意見で思うこと。
札幌のクラブ前で「私東京行くから」って言われたときに
「おおー!波きた、乗っちまえ!」とおもったもん
次の波がいつくるかわかんないし、生き急いで損はなし。
後悔は、過ぎた後に何度でもできる。

私は21才、いい加減なフリーター、そん時1年かけて移住の準備をした。
好きな人もいたさ、そりゃ、失うモノもたくさんじゃないけどあったさ。
私は今22才、明日で23才。
哀しくもなるさ、嘆くこともあったさ、だけど嬉しいこともあったさ。

人生で初めての梅雨ももうすぐ明けて(北海道に梅雨はない)
いまだかつて体験してことのない暑さにやられても、
晴れた、空の下で高笑い!
「生きてると色々あるみたいだね、まぁいいじゃん笑っとけば余裕だって」

これが、ほんとのほんと22才最後の日記



2003年07月22日(火) 馬鹿と言われても

我が家にクーラーが付きました。
クーラー威力凄いね、ほんと涼しいね。

たぶん、この日記私が22歳で書く最後の日記になると思う。
公開日記であって誰かが読むことを前提として書いているから、書いてはいけないこともあるんだろうけど、
日記は、気持ちを落ち着ける作業だと思ってる、だからならべく素直に書く。
誰かを気にして書いててては、私には恐ろしく窮屈になっていく。

小さい頃、今では人にいうと驚かれるけど人見知りが激しくて内気で遊びにいれて欲しくても「いれて」という一言が言えない子だった。
1人遊びが当然で、自分の中にあるものが一番わかるあえる友達だったかもしれない。
今は、色んな人たちが周りにいてくれる。
人は変われるけど、根本的な部分は変わらない、だたごまかすことが上手くなってはいった。
昔大好きな友達が賑やかで知り合いばっかで楽しくクラブで踊っていたら一言
「なんか悲しくなるね」とポツリと言った。
すっごいわかると思ったね、だってどこにいっても孤独だとしまうもん。

「その年で1人でいることを前提としているなんて凄いねぇ」と言われ、
「きっとあんたを好きな人は、悲しくなるね」と言われ
ずっと、自分の中にある自分と離れてたくなり、そう思いつつもそれ無しでは悲しくって生きていけなかったりもして。

好きなことをやってる、ときには人を寄せ付けたくない、それが好きな人だとしても、自分ワールドには入れたくない。
哀しくさせることは知ってる、自分も哀しくなってくる。
全部見せれるなら、見せたいし、心を預けることができるなら預けてしまえたらどんな楽なんだろうと思った。
でもね、でもそれをやったら私はどこにいってしまうんだろう。

人一倍弱いかもしれないし、寂しがりやかもしれない。
だけど、自分は自分でしか救えないと思って、頑張るしかない。

そういえば、HPをリンクしてくれた人にメールしようと思ってまだしてないなぁ。
携帯を変えた時もそうだったなぁ、変えたくせに教えなくって怒られた。
怒ってくれた人たちが、たぶん好きだったんだろうなぁ。
私は、随分独りよがり生き方をしてると思う。
人に囲まれて、楽しく笑ってるくせに、ときどきどっかに行ってる。



2003年07月20日(日) 1人で見る花火

会社帰りで見る花火。
きっちりビール買って、ぷらーっと歩いて
駅について「どーん」と鳴って。
振り向いたら、綺麗な花火。


いい加減、日記書かないと。
誰が読むからでもなく書かないとと思ったりする。
そろそろ日記が本気で始動かぁーてんだ!


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