風のひとり言
kaze

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■ ちょっぴり怖い話

真夏の夜のちょっぴり怖い話し・・・

先日たぁくんと公園で遊んでいた時、
時刻は闇が近づいてきた頃・・・
たぁくんは何を思ったかブランコに行き、ブランコを押し始めた。
誰もいないブランコを懸命に押してやるたぁくん・・・

「ねぇ、誰を押してあげてるの?」と自分
「んとね・・・男の子!同じ年くらいの子だよ!」とたぁくん
「・・・・・・・(汗)」

まぁ普通に考えれば、「遊びごっこ」なんだけど、
たぁくんが3歳なだけに果たしてそれで納得していいのかどうか(笑)
時々たぁくんは暗闇を指差して、「ほらあそこ」とか言い出すことがあったり、
一点をじっと見つめることがあったり・・・

小さい子供の目というのは、何を見ているかわからないからねぇ。
シックスセンスじゃないけどさ(爆)
意外に大人の目には映らない色々なものを見ているのかもしれないと思ったりもする。
そう言えば「座敷わらし」も大人には見えないんだよね。

ちょっと話はずれるけど、これは聞いた話。
幼児は母親の胎内にいた記憶というものが残ってるらしい。
試しに聞いてみると
「暖かくて、なんか水に浮いてる感じだった」
「周りは暗いんだけど全体的に赤くて、ママの声がよく聞こえていた」
などと答える子が多いらしい。
みんなそんな記憶を持って生まれてくるわけだが、
生を受けてからの膨大な情報量に流され、記憶の彼方へといってしまうものらしい。

ともあれ・・・うちのたぁくん
シックスセンスみたいにはならないで欲しいなぁ。


2002年07月31日(水)

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■ 盲点

先日乗った終バスでの光景
主人公・・・18歳くらいの女の子
服装は白のノースリーブに、白のミニスカート@膝上20cmくらい
(って、服装は全然関係ない話だった・・・)

バスに乗るや否や、何かに憑かれたように、携帯をいじくりはじめた。
「メール?」と思いきやアドレス帖を検索している。
見ていると、その中の数人に対し電話をかけては切る・・・を繰り返している。
「ワン切り?」と思ったものの、相手はアドレス帖にある存在。<友達らしい
で、そういった操作中にワン切りされた相手から返しの電話がかかってくるものの、
それに対して即切り・・・
「コイツ一体何してんだぁ?」と疑問ばかりが残る・・・
まぁ唯一自分を納得させられる答えは・・・
「今月携帯ちょっと使いすぎちゃってぇ〜、携帯代がピンチなんだよねぇ〜
んだからさぁ〜ワン切りしてぇ〜かかってきた相手の中から話したい奴とだけ話せば〜
と〜ぜん電話代は相手持ちジャン!」by彼女の喋り口調(憶測)でやってみました(爆)

携帯電話の普及に伴い、核家族化が更に進行したといわれている。
そしてまた、「いつでも誰かとつながっていたい」という感情が、現代人の寂しさを象徴しているとも。

前に新聞に書いてあったある人のコラム・・・
電車内などでの携帯電話の使用が不愉快に感じる心というのは、
単に音や声がうるさいからとかではなく、心の奥底にある別の意識がそう感じるものだという話。
音や声は、バイブモードや、声をひそめて使用することで解決するはずなのだが、
それでも同じように不愉快に感じるというのは、日本人独特の感情というのが結論だった。
それは、「連帯感」。
実は同一車内にいる他人同士は、同じ車内であるという一体感・連帯感を無意識の中で感じている。
その一体感を侵す物が携帯電話というわけだ。
つまり、同じ車内で同じ時間・空間を我慢しながらも共有している他人同士であるにも関わらず、
携帯電話を使用している人は、その一体感・連帯感からはずれ、
外部とコミュニケーションを図っている・・・それが不愉快につながるからなのだ

なるほど・・・屁理屈にも聞こえてしまうものの、そういうこともあるかもしれない。
意識の根底・・・深層心理にはそういった「一体感・連帯感」があってもおかしくない話である。
まして日本人・・・そういったものを好む民族だもんね(笑)

「盲点」とはやはり全く見えていないものを指す。
人間の深層心理など、そうおいそれと気づくことなど出来ないのかもしれない。
自分自身のことすらわからないのだから・・・


2002年07月30日(火)

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■ 歳をとる・・・ということ

皆さんは「自分も歳をとったなぁ〜」と思う瞬間ってどんな時ですか?
あ・・・若い人ごめんなさい(笑)

自分が歳をとったなぁと思う瞬間・・・

・徹夜の仕事が辛くなった。
 <昔は完徹でも平気で仕事してたけど、今はかなりムリ

・体が硬くなってきた。
 <結構柔軟な体だったはずなのに、前屈も含め硬くなったなぁ
  数年前に勢いよくブリッジをしたら、背中の筋を思い切り痛め、呼吸困難になってしまった・・・

・筋肉痛が、翌日ではなく中一日でくるようになった。
 <これはショック・・・翌日は「なぁんだたいしたこと無かったんだ」なんて涼しい顔してたのに、
  更に翌日に「うぅぅぅぅぅ」って・・・(爆)

・鏡を覗くと白髪が増えてきた。
 <これもショックだね。いつの間にやら白髪が増えてきた・・・きっと苦労してるのね(自爆)

・新聞や文庫本を読む際の、目の焦点距離が伸びた。
 <おいおい・・・これってまずいんじゃ・・・(汗)

・一昨日の自分の行動(仕事など)が即座に思い出せない
 <まぁ・・・単調な仕事をしてる時は仕方ないよね@言い訳
  でも、昨日の行動も思い出せなくなってしまっては・・・(汗)

・子供と公園で水遊びをしていた時、走って、濡れた土に足をとられ見事に転倒。
 <えと・・・先々週の土曜日のことです(泣)見事に転んで、泥だらけになりました・・・
  とりあえず家族以外には見られませんでしたが・・・父親のいげんがぁぁぁぁ(泣)

・子供と公園で(またかよ)遊んでた時、滑り台の半ばから地面に飛び降りようとしたまでは良かったものの、
 軸足が滑り台のヘリに引っかかって見事に落下・・・しかも擦り傷&青あざまで作ってしまった。
 <えと・・・(泣)先週の土曜日のことでした(大泣)
  体・・・重かったのかなぁ?
  しかも家族は勿論、姪っこ二人にまで見られて大爆笑・・・叔父のいげんがぁぁぁぁ(泣)

教訓:自分が思っている以上に、体は動かなくなります。
前に出来ていた事すら、当たり前に出来ないのが「歳をとった」証拠・・・
決して無理をしちゃぁいかんよなぁ

はぁ・・・全て実話でした(泣)
今週の土曜日は一体何が起きるのか・・・恐怖だ・・・(汗)


こらぁ〜〜〜〜笑うなぁ!そこっ!!

2002年07月29日(月)

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■ 大切な友人たち

落ち込んでいる様子の?自分を心配して、
友達が飲みに誘ってくれた・・・
(あれ?事実と全然違うじゃん!(爆))

まぁ理由はともかく久しぶりに友達と杯を交わした。
もっとも自分はそれほど飲めないんだけどね。
それでも、ビールを中ジョッキ2杯とコップ1杯は記録かも(笑)
それほどまでに楽しい時間を過ごすことが出来たんだろうね。

やはり気のあう友人との時間は心を癒してくれる。
そんな仲間って大切だなと改めて思ったりする。
自分が落ち込んだとき、メッセやメール・携帯などで色々な友人から元気をもらった。
それらひとつひとつがとても有り難く、
自分の頑なな気持ちを氷解させる時もある。
それは、問題解決にはならない意味では「現実逃避」なのかもしれない。
しかし、そんな大切な友人らに囲まれている自分を認識することは、
マイナスの波に1人漂っている自分に勇気と元気を与えてくれる。
色々な意味で助けられ、支えられている。

大切な友人たちが何かにつまづいた時には、自分も役に立ちたいと思う。
時には黙って見守ることが必要な時もあるが、微弱ながらも力になりたいと思う。
それは決して押し付けでなく、友人たちに対する自分の思いとして・・・

2002年07月28日(日)

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■ 心の窓

心の窓を大きく開けよう

開けて 空気を入れ替えよう

溜まっているもの 沈殿している想い

それら全てを新鮮な空気と入れ替えよう



新しい明日がきっと待っている

過ぎ去った昨日はもう過去の出来事

大きく窓を開いて

大きく深呼吸して

また一歩前に進もう



心の窓を大きく開けよう

開け放して リフレッシュしよう

2002年07月27日(土)

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■ 愚か者

何を落ち込んでいるのかといえば、
これといった理由が見つからない事程たちの悪いものはない。
具体的な何かがわかれば、その解決方法などを模索する事も出来るが、
見つからないだけに、途方にくれる。
では、「1人でいる時に何を考えている?」と自分に問うても、
明確な返事が出せないもう1人の自分がいる。

しいて言えば、
自分は誰なのか、自分は何をしたいのか、自分はどこへ行こうとしているのか…
そんな事を考えている様子にも感じる。

おそらくはただ単に「疲れ」からきているのだろう。
毎日の生活の中で神経をすり減らし、
仕事に疲れ、人間関係に疲れ、家族に疲れ…
自分というものが見えてこず、単に機械化されてしまった感じ…そんな現実
心身ともにリフレッシュするべきなんだろうが、それも実現が伴わない。

結局、どうでもいい話をどうでもよくないようにしたり、
ほおっておけばいいことも、ほおっておけず、
些細な事にまで神経を使い、思い悩み、迷い込む・・・
それが自分…
なんだかんだ言ったって、そんな面倒くさい自分自身が
誰よりも愚かであると、今更ながらの再認識…

2002年07月26日(金)

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■ ほんの少しだけ・・・

ほんの少しだけ
あなたの勇気を分けてください

ほんの少しだけ
あなたの強さを分けてください

ほんの少しだけ
あなたの行動力を分けてください

ほんの少しだけ
あなたの純真な心を分けてください

自分が変わるために
自分を変えるために

いつまでたっても変われない自分のために
あなたの力を分けてください

2002年07月25日(木)

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■ ピッキング

クライアントの元担当者の家が、ピッキング被害にあったという。
被害は奥様の貴金属と小額の現金らしく、本人が大事にしていたホイヤーの時計は無事とか。

ピッキング犯罪・・・
針金状の専用工具を用い,ドアを開錠する犯罪手法。
作業が短時間で済むうえ錠を破壊しないため,被害者が犯行に気づきにくい。(新語辞典)
言わずと知れた、特殊な道具を使っての空き巣である。

それにしても不況になればなるほど、こうした犯罪が増えている。
最近ではその対策用の錠前などが当たり前になりつつあるが、
結局これもいたちごっこなんだろうな。
新しい技術がでれば、必ずそれを破壊するものが表れる・・・それの繰り返し。

ところで半年ほど前の話になるが、渋谷にあるとある店で驚いた事がある。
ガラスケースに並べられていたのは、問題のピッキング用品。
しかも大小取り混ぜたセットで、1万数千円で販売されていた。
念のためこの店は、錠前専門店でもない。
雑貨屋・・・というよりは、マニアックな品揃えのある店。
ピッキング用品は専門用具であって、一般に販売されるものなのだろうか?
それを公然と販売している、店主の意識が理解できない。

ピッキング犯罪は、技術が必要だという。
但し練習を重ねれば、その技術の習得も容易らしい。
そして、そのための道具が安易に手に入れられる事は、犯罪防止というよりは、
犯罪推奨に近いものではないだろうか?

そういえば「スタンガン」というものがある。
瞬時に電流を流し、相手を痺れさす、あるいは威嚇するものとして、防犯グッズとして販売された。
そして、これを悪用した犯罪もいくらでもあった。
それは使用者側の使い方の問題であり、正と悪の二通りの使い方が存在したからだろう。
では、ピッキング用品の正しい使い方とはなんだろう?
錠前屋さんの必要道具であるかもしれないが、それは一般の店では売るものではないはず。
かといって、家庭で持っている必要もないもの。
やはり・・・理解に苦しむなぁ。

そのうちこの店のショーケースに、改造拳銃でも並ぶんじゃないかと密かに期待したりもしている(爆)

2002年07月24日(水)

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■ 某サイト顛末

一時閉鎖となった某サイトがまた復活した。
が、そこはすでに昔とは変わってしまったようだ。
管理人代行なる人物が、気に入らない人間をどんどん排除していく。
チャットでも、ROMされる事を嫌がり、ROM禁止措置に出た。
(これは不評だったらしく、元に戻ったようだけど)
また、掲示板では少しでも批判めいた事を書いたもの、あるいは素朴に疑問を持ったものも容赦なく削除。
しかもレスなど一切なく・・・管理人に対する公開質問すら返答無し。

かつては人気もあり、色々な人が気軽に訪れる事の出来たこのサイト。
色々な友達との出会いもこのサイトだった。
が、今はその面影すらない。
結局は個人サイトとして、身内だけでこそこそ行なっているような感じに変化したようだ。

先日・・・まだチャットがROMが可能だった時に見かけた風景はひどいものだった。
かつての常連や批判をした人間を装ってチャットに参加し、管理人代行とやりあう。
あるいは、HNをかつての常連の名前をもじったもので参加し、批判する。
あげく、装った人間が退出する際に、その場で使用していたHNで呼ばずに、別人の名前を持ち出す。
「おやすみ〜〜Bさん」てな具合にね。
これでは周りの人たちに、
AというHNで入って批判を繰り返していた人間が、実はBだという意識を植え付ける事になる。
これを・・・計算でやっていたのなら、その代行も見上げた根性・ねじれた根性の持ち主だ。
(↑ごめんね・・・わかりにくいよね・・・)

しかし・・・それで何が楽しいのか?何を目的としているのか?
あらゆる手段を使って、あるいは屁理屈をこねて、
常連を締め出し、批判者を追い出し、意見者を黙殺する理由は何か?
誰もが来られる場所なら、批判もあって当然。対立意見もあって当たり前。
それが許せない、人の意見も聞けないのであるならば、はなから公開すべきではないし、
ネット上で存在する必要もない。
巨大化したサイトは淘汰され、個人サイトととして新たに運営する気なのだろうか。

人間様々、感情様々、思い様々。
理解する事は難しい・・・まぁ、物差しの違う人を理解する気もないがね。
いずれにしてもこのサイト・・・
一気に利用者が減った事だけは間違いないようだ。

そして顛末・・・
こうした文章を今日UPしたわけだが、実は昨日よりそのサイトに出入り禁止になっている(笑)
何を理由に自分を出入り禁止措置にしたのか、今以て理解できないが、
とにかく気に入らなかったんだろうね。
思い当たるとすれば、数日前の掲示板でのレスかな。
そのサイトには数ヶ月書き込みもしてないし、チャットにもはいっていない訳だから。
誰かがそれを見て御注進したのか、あるいは、その関係者が覗いたのか・・・
いずれにしても、馬鹿げてるし、やり方が汚いね・・・というか卑怯だね。
はっきり書けばいいじゃない。ここの掲示板に。
堂々と批判でもすればいいじゃんねぇ。
こんな個人サイトでの書き込みに目くじら立ててるなんて、大人気ない(あ・・・大人であるわけないのか)

まぁそのサイトに出入りした事で、幾人かの大切な友人を得る事が出来たわけで、
それは何より代えがたい事であるから、その恩恵には感謝している。
なので、お望み通り私はそのサイトを立ち去ることにしましょう。(って、だから禁止なんだって・・・)

一言・・・実にくだらん(笑)

2002年07月23日(火)

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■ 映画

最近長男のゆうが、「映画」に目覚めた様子。
1ヶ月程前に「マトリックス」を観て感激?して、それからと言うもの色々と観たがるようになった。
もっとも「ジェラシックパーク」等も観てたけどね。
まだまだテレビアニメや、自分が幼稚園時代に放送していた特撮ヒーロー物等
(しっかりビデオで保存してある)を好んでいたのが、いつの間にか変わっていくもんなんだね。
とは言え、相変わらずの面も勿論あるけど。
それにしても・・・蛙の子は蛙か・・・(ん?蛙の子はおたまじゃくしじゃん!)

「それなら、せっかくの夏休みなんだから1日1本の映画を観る事を目標にして、
観た感想やあらすじなどをまとめればいいじゃない。それが自由研究にもなるんじゃないの?」
と、安易に言ってしまった自分・・・

かつて、我が家にはおよそ1000タイトル近くの映画(ビデオ)があった。
テレビ録画有り、レンタル有りで、保存してたそのほとんどを観てきた気がする。
それが・・・幾度の引越しを経て、ほとんどなくなっていることに気が付いたのは、
ゆうにそう言った後だった。

特に今回の引越しにおいては、広いところから狭いところに引っ越すため、
「また観たくなった時に借りよう」ということで、ほとんどを廃棄にしてしまった・・・
もちろん貴重な?ビデオは残したんだけどね。
それでも、100タイトル近くはあるんだけど、ここ数年はドラマを録画する事も多かったので、
映画が減ってきてたのも確か。
残っている映画も、どちらかといえば偏っている感は否めない。
まぁ、小学6年生の子供に見せる映画として、どんなものが良いのかはわからんが、
とりあえず多ジャンルで見せてやろうかと思っている@借りてでもね

自由研究・・・まぁ楽しみながら出来ればいいからね。
しかし、自分と同じような道に進みたいと言い出したらどうするか?
あまりお勧めできない仕事だけに、複雑でもある(笑)
まぁ、ずっと先だと思うけどね。

2002年07月22日(月)

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■ 喧嘩

うちの長女と長男・・・れいとゆうは、学年こそ1学年しか違わないが、
年齢は1歳11ヶ月離れている(=4月と3月生まれ)
この二人は、昔から仲が悪く・・・といっても姉弟だから喧嘩も当たり前。

いつもれいとゆうは些細なことで喧嘩を始める。
腕力で負けるれいは、もっぱら言葉攻撃。
対するゆうは、言葉で負けるため、挑発に乗ってすぐに手が出てしまう。
結果・・・叩かれたれいがビービー泣くというのが、大抵のパターン(笑)

この喧嘩・・・たぁくんが生まれて、自己表現をするようになった頃から、
段々変化してきた。
喧嘩の理由が些細なことには変わりないものの、
その理由にたぁくんが絡んでくることが多くなった。
たぁくんに「どっちが正しい?」とか「どっちのことが好き?」とか・・・
そして、たぁくんを喧嘩に巻き込む。
ひどいときには、たぁくんをけしかけて、
「ほら、お姉ちゃん叩いておいで」とか「ゆうを殴ってきて」とか・・・
たぁくんにしてみれば、ひどく迷惑な話。
全くねぇ・・・
結局味方が欲しいんだよね。
喧嘩している当人にしてみれば、どんな人でも味方につけたいと思うんだろう。
自分も2歳上の兄貴がいるが、昔はそれこそよく喧嘩したもんだもん。
もっとも、2人兄弟だから誰を味方につけることも出来ず、
直接的にやりあっていたけど・・・
やはり3人という奇数が悪いのかなぁ?(笑)

そういえば、大人の喧嘩でも同じだね・・・必ず同調者・味方をつけようとしている。
会社内での派閥争いなんかもそうだけど、同調者探しに躍起になる人もいる。
自分の意見、自己主張に自信があるのなら、そんな味方なんて必要ないはずなのにね。




2002年07月21日(日)

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■ 子育て

先日女房と、子育てについて色々と話した。

やはり、子供は自分たちが守ってやらねばならないのと同時に、
自分らの子供を信じてやらなければいけない。
他人が何を言おうが、どう評価しようが、それはあくまでも一面しか見ていない感がある。
それはそれ、一つの意見として、否定するでもなく受け止める事はできるが、
それを物差しに使ってはならない。
結局、その子供と長い時間を共有してきたからこそ、わかる部分というのも多いと思う。

で、女房との話。
「もっと子供の良い部分を見てあげて」と言われた。
確かに悪い部分というのは目に付く事が多く、良い部分がそれにかき消されてしまう事もある。
思い返せば言い訳になってしまうが、
子供がまだ小さい頃、父親になりきれていなかった自分は、感情的になる事も多かった。
そんな自戒も含め、もう一度子供と向き合う事が必要だと感じている。
そして、よりよき関係を保って行かねばとも思う。
なかなか実践が伴わないのも事実なんだけどね・・・

「休日、子供たちとどう過ごしていますか?」と問われれば、返す言葉が見つからない。
一体、どれほどの想い出があるかと考えてみれば、
忙しさにかまけて、自らそれを拒否してきたことだけが思い当たる。
もう少し義兄を見習って、連れ立って遊び歩くかな・・・

2002年07月20日(土)

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■ 吊り広告

電車の中の吊り広告に、某塾の広告がある。
「□い(しかくい)頭を○く(まるく)する」というキャッチコピーの奴。
都心部の各電車内では、多く見かけられるので、ご存知の方も多いのでは?

一応、知らない方のために説明すると、
有名私立中学校の入試問題を吊り広告に刷ってあるもの。
(ということは、受験者は小学生ってことなんだよね・・・念のため)
国語・算数・理科・社会と、その時によって異なる問題が出題される。
勿論車内で見るものであるので、1枚の広告につき問題も1問のみ。

これが・・・結構悩ましてくれる(笑)
まぁ車内の時間つぶし・暇つぶしには最適なんだけどね。
意外にこの広告を見上げる通勤客も多く、そういう意味でもこの広告は大成功なんでしょう。
ちなみに、人気があるんだろうね。ゲームボーイのソフトにもなっています。

大人になるにつれ、色々な知識を身につけたことへの代償として、
自分にとって不要な知識をいつのまにか切り捨ててきたのかもしれない。
小学生の時は、様々な知識を吸収したものの、いつのまにか整理・統合されている。
それが、□い頭ってことで、柔軟な発想もおぼつかない(笑)
少しは「やわらか頭」(この表現も古いか・・・)になるべきなんだろうと思ったりもする。
たまには脳に刺激を与えてやる事も必要だよね。

そういえば先日ニュースステーションを見ていた時にも、柔軟な発想という話題が出ていた。
出題された問題は下記の1問。
見てなかった人は、柔軟な発想で解いてみて欲しい。
見てた人は、答えがわかっているだろうけど、
改めてその柔軟な発想力・視点の捕らえ方を感じ、是非「脳」に刺激を与えてやって欲しい(笑)
『目指せ!やわらか頭!』(だから・・・古いって!)


<問題>
1時間で燃え尽きる蚊取り線香が3本あります。
この3本を使って、きっかり1時間45分を計測して下さい。
マッチは何本使っても構いません。(制限時間5分)

解答は後日改めて!

2002年07月19日(金)

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■ 訪問販売

先日、訪問販売がやってきたそうだ。
販売物は、中学生向けの家庭学習用のもの。

最初女房が応対していたらしいが、娘も話に参加しはじめたとのこと。
女房が断っているのをよそに、会話の主軸を娘へと移し、
巧みな話術で、娘の同意を求めていったそうだ。

内容は「これさえやれば、中学の中間・期末試験が80点以上取れる!」
1学期の期末試験の成績が散々であった娘にとっては、かなり魅力があったらしい。
まして勉強嫌いなものだから、そんな楽に点数が上がるなら・・・
と興味を示したそうで、女房に「やりたいっ!」と訴えた。
女房が「主人とも相談する」と言えば、
娘に「お父さんには内緒にしておこうね」と言ったらしい・・・

あのさぁ・・・女房に収入がないだけに、お金払うのは父親なんですが・・・
それを内緒にされても、困ってしまうんですけど・・・
まして家計は火の車・・・どこにそんな大金(4年間のローンで総額60万!)を
支払う能力があるというのか・・・
それにしても、そうやって子供を巻き込んでの訪問販売も、段々巧みになってくる。
女房そっちのけで娘と話をし、巧みに同意を得ようともっていったそうだ。
最も、現在の不況下ではどこも必死にならざるを得ないのも解るけど、
子供をダシに使うことはなぁ・・・

大人は「うまい話には落とし穴がある」と言うことを、知識として知っている。
が、4ヶ月前まで小学生であった娘には、そんなうまい話を真実と捉えてしまうであろう。
無垢な子供に対して、甘い言葉で釣るのは考えものである。
娘が成人し独立しているのであるならば致し方ないがね。

それにしても、その訪問販売の仕方に嫌悪感を覚えるのと同時に、
ころっと騙されそうな娘のこれからも、心配の種である。

2002年07月18日(木)

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■ 救急車

先日の台風一過の日の出来事。
刺すほどの暑い日差しの下で、1人のご老人が倒れていた。
あまりの暑さのために眩暈がしたのか、歩道のど真ん中で横たわっていた。
倒れた時にぶつけたのか、頭部からは微量ながら血を流している。
周りを取り囲む人たち(外国人の姿も見受けられた)は、
ある人は団扇で扇いであげたり、またある人は一生懸命に声をかけている。
老人は、意識はあるもののなかなか起き上がれる様子もない。

救急車の手配を済ませてからおよそ15分・・・
暑さのためと、なかなか来ない救急車にみな苛立ちはじめた頃、
ようやくサイレンの音が聞こえてきた。
やってきた救急車は2台。
車道に飛び出し、「こっち!こっち!」と誘導する人。

と、反対側車線に止まった1台の運転席の窓が開き一言。
「救急車呼ばれたのなら、じきに来ると思います。我々はこの先で交通事故があったんでそちらに行きますから」
そう言い残し、反論の余地すら与えずに走り去った・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
誰も彼もが一瞬呆気に取られた瞬間であった・・・

「優先順位」というものが存在するのかもしれないし、
各消防署に配属されている救急車の台数等を考えれば、致し方ないのかも知れない。
ただ・・・解せない気持ちも残っている。
果たして、救急車の配車に「優先順位」はあるのだろうか?
電話で伝えた、病人・怪我人の状況で、その順位が決められるのだろうか?
病院においては、その治療方法などで順位が変わる事はわかる。
すでにその病状等を確認した上であるならば・・・である。
が、救急車の場合にもしその判断があるのだとしたら、
どうしても、納得しがたい気持ちもある。
患者の家族にしてみれば、当然ながら1分1秒でも早い対応を望むものだからだ。

結局その老人が救急車に運ばれたのは、さらに10分後・・・
通報してからおよそ25分近くたっていた・・・
いいのか?これで??


2002年07月17日(水)

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■ 理解者

自分のことをよく解ってくれている理解者が、
少なくとも1人はいた方がいい。
自分の性格、思考なども全て見抜いた上で、
いざとなった時に適切なアドバイスをくれる相手・・・
その存在は、とても貴重だ。

暴走しそうな時、道を誤りそうな時、
どんな時でも冷静にSAVEをかけてくれる。
こちらが暴走しかかって、聞く耳すら持たない時であっても、
投げ出さず、相手になってくれる。
後に自分が冷静に、客観的になれた時、
結局それが正論だったということが多い。

そんな相手が、実は心の支えなのかもしれない。
そんな相手がいることが、実は重要なのかもしれない。

そんな相手と巡り会えることは、一生に何度あるのだろうか?
残念ながら、そんな出会いがない人もいるかもしれない。
あるいは、そんな相手を求めない人もいるかもしれない。
ただ自分の場合・・・
自己分析の結果からは、そんな相手を必要に思う。
そしてその相手とは、既に出会っているのかもしれない。

ありがとう。。。

2002年07月16日(火)

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■ 好きな人

「好き」という感情は、そう簡単に捨てられるものではない。
特に相手とトラブルや、相手の許せない面を見つけない限り、
一度好きになった相手を「嫌い」になる理由が見つからない。

昔好きだった相手を、今でも時々思い出すことがある。
高校2年の時、同じ部活の後輩@1つ下
彼女のことは、今でも好きなんだと思う。
最後に会ったのは、確か19歳の時・・・
既に20年近く会ってはいないが、
心の片隅では、16歳の彼女がそのままの姿で生き続けている。

彼女とは年に一度、年賀状を取り交わす程度の付き合い。
お互いに家庭を持ち、それぞれの近況報告が短い文章で綴られるだけ。
彼女の年賀状には、家族の写真がついている。
その写真を眺めていると、過ぎ去った時の長さを感じるものの、
それでも心の中では、16の彼女のまま・・・成長しないんだよね(笑)
そんなことってあるんだよな・・・と、つくづく・・・

振り返ってみれば、過去に好きだった人を嫌いになった記憶がない・・・
どんな形で振られようが相手を恨んだことなど一度もなかったなぁ・・・
やはり・・・「好き」だった人を、「嫌い」になるその道理が見つからない。
どうしたって・・・「好き」という感情は、捨てることはできないのかもしれない。

2002年07月15日(月)

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■ 復活の日

落ち込んでいる友人にかける言葉が見つからない。
何が原因で、そうなったのかを知らない者にとっては、
むやみな励ましの言葉を、かけられるはずもない。

とことん自分を責め、自分自身の力で解決しようとする友達に、
「頑張れ」も「元気出せ」も役に立たないことを知っている・・・
逆にその言葉がプレッシャーになることもある。

考えてみれば、自分もそうなのかも知れない。
自分も落ち込んだ時どうするかと言えば、やはり沈黙に徹することが多い。
だからこそ、友達の気持ちも解らなくはない。

今は、ただ黙って見守っていよう。
友達が復活するその日を待ち望みながら・・・



2002年07月14日(日)

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■ 人との繋がり

人と人との繋がりは大切なもの。
そしてその中でも、大切な人との繋がりは大事にしたい。

その人にとって「大切な人」とは、何も恋愛感情を前提にしたものではない。
大切な友人・・・それは時に恋人よりも優位にいる場合すらある。
その大切。
お互いに信頼しあい、助け合い、そして成長しあえる相手。
困ったときに、互いに手を差し伸べることのできる関係。
そして間違いないことは、その相手を「必要とする心」「大切に思う心」があること。
大切だからこそ・・・大事にしたいその友情。

人との繋がり・・・
それは、本人にとって無形の宝物である。



2002年07月13日(土)

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■ ネット恋愛

ネット恋愛ってなんだろう・・・?
ネットで付き合うってどういうことだろう・・・?
前に人に聞いてみた。
「ネットで付き合うということはどういうこと?」
その答え・・・
メッセやメール・電話などを介して、お互いに言葉が繋がっていること・・・
即ち、「好きだ」「愛している」等の言葉がお互いに心から発せられること・・・

うーん・・・イマイチピンとこないというのが正直な所かな。
ネット上での言葉を、心からの言葉として100%鵜呑みにしてしまうことは
結構危険なものかもしれない・・・
でもだからといって、それを信用せずに疑心暗鬼のままに相手に接することもない。
恋愛の普通の過程(現実)を考えれば、まず出会いがあり、会話をし、相手を知る。
まぁ一目惚れもあるけどね。
で・・・気持ちを伝える。
お互いに相手に好意を持っているのなら、付き合うことにもなるだろう。
(互いの抱えている環境その他は一切考えないとしてね)
付き合い始めたら・・・お互いの感情を育む・・・そう努力(?)するのが普通・・・かな?
何度も二人で会ったり、それこそ「デート」と呼ばれること・・・
お互いがお互いを理解するように努め、相手にとって一番居心地のいい環境を
作りあっていくのが恋愛・・・?(ちと違うか?・・・まぁ・・・取り敢えずね)
とすれば・・・これをネット上に置き換えてみると・・・
「好きだ」「愛している」を互いに発しあう・・・
うん。確かに恋愛の1つの姿かもしれない。
でもその前に・・・会ってないんだよね・・・
多くの人が、ネット上で知り合う相手って、自分のリアル世界には今まで存在していなかった相手。
その相手を会うでもなく・・・「好き」って言葉を心から発せられる?
・・・・・・・・・
発せられるか・・・(苦笑)
まぁ・・・自分もあるな・・・そんな気持ち(笑)
でも・・・

であるが・・・会わないでいる状態のまま「付き合っている」と言えるのだろうか?
やはり次ステップとして会った上で、湧き上がる気持ちではないか?

前々から散々書いてきているけど、PCに打ち出された文字を
そのまま鵜呑みにするのは危険な気もする。それを信じていいのかなぁって。
まぁ、そう言われた経験もないから、漠然と思うだけなんだけど(自爆)

本当に「つきあう」って意識が生れるのは、実際に会った後ではないのか?
ネットで出会い、その恋愛感情を育てているつもりであったとしても、
会う事がかなわなければ、「つきあっている」ことにはならないのではないか?
なんか・・・よくわからないなぁ・・・

・・・とまぁ色々と考えては見たものの・・・
実はどうでもいい問題(自爆)
本人達がそれでよければ、それでいいのか・・・@余計なお世話(苦笑)


2002年07月12日(金)

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■ 経験値

娘が受けた初めての期末試験の答案が返って来た。
案の定ひどい点数ばかり(苦笑)

1年生の1学期は中間試験がないらしく、実質、中学での初めての集中試験。
小学校時代は、各授業ごとにテストが不定期に行われていたが、中学からは集中的に行われる。
しかも昔と違って、2日で終わらせるため1日に5科目くらいあったらしい。

自分が中学の最初に受けた試験の時を思い返すと、やはり戸惑った記憶がある。
幸いにも?兄貴がいることで、その大変さはわかっているつもりだった。
それにしても1日2〜3科目の試験が数日続くのは、プレッシャーだった。
得意科目はよかったものの、苦手科目が重なるような試験日前日は、頭がパニック状態(笑)
一夜漬けがメインだったんで、尚更混乱したりして(自爆)

まぁそんな経験があるから、試験前には娘にも言い聞かせていたものだったが、
やはり一向に気が乗らない様子だった。
担任からも「一日五時間勉強しなさい」と、冗談とも本気とも思えることを言われたらしいが、
結局実践せずに、当日を迎えた。
その結果が、見事な数字に表れている(笑)

結局何事もそうかもしれないが、自分が経験してみて初めてその大変さを理解する・・・
そんな事は沢山あるだろう。
考えてみれば自分だってそうだったわけで、いくら人に何を言われようが、どこ吹く風でいた記憶もある。
その結果として、言われたとおりの結末が待っていたという、そんな失敗も数知れず。
とすれば・・・娘を責める気力もない。自分もしてきただけに仕方ないしね(爆)
まぁ、そうやって人間は経験値を増やしていくものなのだから。


2002年07月11日(木)

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■ 暫くはこれを見れないであろう友達へ・・・

今、どこで何してるかな?
君がいつこれを読むかはわからないけど、
敢えてここに書いておこうかと思って・・・

君が決めたことについては、何も言わないよ。
人には色々な事情があるからね。
只々、君と同じ空の下から応援しているよ。
君の体のことは、勿論心配だけど、
君は持ち前の明るさと、頑張りで乗り越えようとしてるのかな?
でも、決して無理だけはしないこと。
自分の体と相談しながら、無理をしない程度に頑張って欲しい。

何か困ったことがあったり、どうしようもない時は
遠慮なくSOSを出して構わないからね。
メールでもいい。電話でも構わない。
遠慮なんかぁするもんじゃない。
僕を含むみんながきっと、君の手助けをしてくれるはずだから。

そして・・・
君が少し落ち着いた時、
気持ちにゆとりができた時、
もう一度今までのことを考えてごらん?
冷静になってもう一度ね。
何が大事なのか、自分はどうするべきなのか、
その答えはすぐには見つからないかもしれない。
簡単に見つかるものでもないかもしれない。
でも、答えを探し求めることは、とても大切なこと。
これだけは忘れないようにして欲しい。

君は決して1人じゃない。
どんなに辛くて、どんなに寂しくても、
決して1人なんかじゃないからね。

が!ん!ば!れ!



2002年07月10日(水)

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■ 自分へ・・・虚しいねぇ

あのね・・・
頭の悪い奴に何を言っても無駄だよ。
所詮、1人では何も言えない連中が、徒党を組んで騒いでるだけ。
結局勇気のない奴なんだよね。
同じ場所にいた時には、そんなこと微塵も出さない奴が、
誰かの意見に左右され、
「そうそう、俺もそう思ってた!」って同調して・・・あるいはワルノリしてるだけの話。
彼らにとっては、人を攻撃する事がストレスの発散になっているんだろうね。

匿名の世界だからこそ、なんでも言える。何でも書ける。
現実世界では、人の批判など出来ない連中が巣くってる。そんな場所だもん。
面と向かって何も言えない人たちが、寄ってたかって人を非難し、人をおちょくる。
そして、それが彼らのネットの使い方。
勇気があれば自分の名前をさらけ出せばいい。
本気でそう思うなら堂々と批判すればいい。
アンダーグランドな場所で、名前も出さずに人を攻撃している様は、
情けないとしか言いようがないよね。

それにしても・・・そんな相手の中には、
曲りなりにも、同じ場所で同じ時間を共有したかもしれない相手だとは認めたくないけど・・・
でもそれが現実。
結局、今まで知らなかった顔が表れた・・・ってことなんだね。

人は様々な顔を持つ。
そして様々な心を持つ。
理解できない相手に対して、理解しようとする方が無理なんだよね。
そんなこと解っているくせに・・・
なんか虚しいなぁ・・・



2002年07月09日(火)

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■ 星空

昨夜は七夕。
久しぶりに意識して星空を見上げてみた。
確かに風も有り、星も見えてはいるものの・・・明るい・・・
東京の夜空はやはりこんなに明るいんだと、改めて思ってしまった。
空の色は黒ではない。
群青というよりも、まだまだ青に近い。

引越し前の埼玉では、「黒」まではいかずとも、限りなく黒に近い夜空であり、
瞬く星がいくつも見えていた。

そういえば昨秋の獅子座流星群の時、見上げた空にはいくつもの流星を認める事が出来た。
丁度流星群の始まる頃、チャットをしていた栃木の友達が、
「まるで降るように・・・」と表現したのが印象に残っている。
さすがにそこまでではなかった埼玉の夜空ではあったが、
それでも東京の夜空に比べれば見えていたのだろう・・・と思う。

空は果てしなく広い。
東京でも埼玉でも栃木でも、同じ空の下のはずなのに、やはりこうも違うものだ。
地方などに出かければ、その夜空の黒色、夜の闇の深さと星の輝きに感嘆する事も多い。

不夜城といわれる東京・・・
まさしくその名は、空の色にまで表れているのか。

2002年07月08日(月)

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■ 病気?

昨日新聞見てて・・・始めて知りました。
私は病気です(自爆)
って言っても、不眠症なんですけどね(笑)

毎日新聞夕刊のTOPに「日本人の半数は不眠症の疑い」って見出しがあって、
調査によると、自覚症状のない「潜在的不眠症」が3割もいるそうな。
んで、そこに書かれた『不眠症チェック表』をやって見ると、
確かに不眠症!
おぉ〜〜そうだったんだ・・・と妙に納得してみたり(苦笑)

みんなにもそのチェック表をやってもらおうと思っては見たものの、
「え〜〜〜こんなに長いの書き写すのぉ〜〜〜〜」ってことで挫折<はやっ!
念のためネットで検索してみたら、簡単に見つかった(爆)
(ホント役にたつのねぇ〜@しみじみ>ねっと)
そんなわけで、一度皆さんもチェックしてみてはいかがでしょう(笑)

(ここにあるよ〜〜)

ここのサイト、「快眠推進倶楽部」というもので、結構お役立ち情報がありました。
んで、一番笑えたのが・・・快眠のための工夫という部分で、寝る前にしてはいけないこと。
�/欧訌阿貿�いお風呂に入る
�▲魁璽辧執斑磴覆疋�フェインを含む飲み物
��寝る前のおやつや食事
�た臾果�代わりの寝酒
�ナ拔�や激しい運動
�Ε謄譽咼押璽爐�パソコンなど
�Э欧訌阿竜扮�
��明るすぎる室内照明

思い当たるのがいくつもあり、しっかり・・・毎日快眠を妨げているようです(自爆)
それにしても、不眠は大脳の情報処理能力の低下を招き、
ストレスの蓄積、食欲低下、頭痛、腰の痛みなどを引き起こす・・・(慢性化してるじゃん!^^;;)

これから暑い夏がやってきます。
皆さんも健康には注意し、不眠にならない生活を心掛けましょう〜
(お前が言うな!とか言わないこと)


2002年07月07日(日)

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■ 気になるCM

最近気になってたCMがある。
朝日新聞のCMで、サッカーをやっていた旧友が夢を叶えたというもの。
主人公が「こいつ俺の友達だったんだよ」って周りの人たちに言う。
自分の妻との会話では
「偉いねぇ」
「でも俺のほうがうまかったんだよ」
「偉いよ・・・」
ってやつ。見た方も多いのではないだろうか。
W杯も終わってもう見れなくなってしまったけど、
なんかあれを見てて、心を揺さぶられると言うか・・・なんか染みるんだよなぁ。

誰しも持っていたであろう夢を追い求めた者と、現実を直視し堅実に生きてきた者とのギャップ。
夢を掴んだ友人に対しての思いは、賞賛と同時に複雑な心境ではないだろうか。

やって出来ないはずがない。
やらずに出来るはずがない。
人は頭の中で「出来ない」とか「現実的でない」と思ってしまうと、
すぐ否定の道を選んでしまう。
あるいは多くの場合、安定した道、もしくは人の歩いた道を選んでしまう。

かつて抱いていた「自分の夢」は何だったか・・・
叶わぬ夢と、それを封印してしまったのはいつだったか・・・
そしてその前に・・・
自分はその夢の実現に対して、努力をしてきたことがあっただろうか・・・

つくづく考えさせられたCMであった。

2002年07月06日(土)

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■ 顔

人にはいくつもの顔がある。
家族に見せる顔、友達に見せる顔、仕事の時の顔、そして1人の時の顔。
そんないくつもの「顔」の寄せ集めが、1人の人間を形成する。

人と接していても、その人が他にどんな顔を持っているのか・・・
その全てを理解することは難しい。
ただ、自分に見せてくれる顔もその人の一部には間違いがないだけの話である。
また、その人の別の顔を何かの拍子に見てしまった時、人は驚く・・・
「まさかあの人が・・・」と、台詞を吐くことになる。

自分も全くその通り。
人からは色々と「良く」言われることがあっても、それはその部分の顔にしか過ぎない。
自分自身の本質を知っているだけに、
そんな誉め言葉が却って窮屈に感じられることもある。
良く言われるほどに、「自分はそんな奴ではない」と否定の言葉も出て来てしまう。
自分が自身を曝け出していないが故に生じるそれらの誤解は、
悪く言えばみんなを騙している・・・欺いていることでもあるかもしれないのだ。
そんな自分を、嫌だと思う・・・嫌悪感を抱いてしまう・・・

そう考えてみると、自分自身を嫌いだと言う人は、
そんな1人の時の自分の顔を許せなかったり、
あるいは、他の顔とのギャップを強く感じるせいなのかもしれない。

人を理解することは難しい。
その人の全てを理解することは、
どれほど時間をかけても出来ないことなのかもしれない。
ただ言える事は・・・
どんなにいくつもの顔があろうとも、
どれほどの顔を使い分けていようとも、
あなたに見せているその顔は、紛れもなくその人自身の顔であるということ。
それを忘れてしまったら、人を信用することなど叶わぬこととなってしまうのだ。




2002年07月05日(金)

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■ 信じる・・・

しかしなぁ・・・
昨日書いた巨大掲示板の書き込みに、ますます醜悪さが出てきている。
とうとう書き込んだ人間はコイツだという書き込みが表れて、今では個人攻撃に徹している。
そればかりではなく、同サイトに出入りしていた人間の事まで書き込まれるようになり、
完全な誹謗・中傷の掲示板と化した。

犯人と書かれている人たちの事は、自分も知っていて、チャットで話した事もある。
であるが、彼らがとてもそんな事をしたとは、どうしても思えない。
思えないばかりか、その名前を書き込んだ人物こそ、犯人ではないのか?とさえ思う。
自分に向けられる疑いを、少しでも他人に向けさせ、話しの方向性を変えてしまう。
そんな事はよくある話。常套手段ではないか。
それに踊らされ、同人たちの誹謗中傷を繰り返す人たちが多くいる事は、哀れにも感じてしまう。

それにしてもネットの世界はつくづく怖いものだ。
何度も書いては来たものの、改めてそう思う。
自分の素性さえばれなければ、なんでもありなのか?
ネット世界は、無法地帯なのか?
そりゃ確かに、現実世界と同様に、性格の合う人合わない人、好きな人嫌いな人は存在する。
が、そこでネットの匿名性を活かしての誹謗中傷は、陰湿・陰険であろう。
ログを読み進めていくほどに、同サイトに出入りしていた人間が書き込んでいるのがよくわかる。
とすれば、自分も話した事のある誰かかもしれない。
もっと言えば、これを読む人がいるかもしれない。
(そうなったら、自分も掲示板の誹謗対象になるんだろうな・・・(笑))
ただ・・・もうこうなってしまうと、誰も彼もを信じる事が出来なくなる。
人を信じる事が出来なくなれば、それは人との繋がりを拒否する事になる。

だからこそ思う・・・
自分は信じたい・・・ぎりぎりのところまで・・・人を信じていたい・・・
たとえ裏切られようとも・・・自分さえ傷つくだけならば、それで構わない・・・



2002年07月04日(木)

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■ 疑い・・・

掲示板のログを読み進めていくと、確かに思い当たるサイトがある。
いくつも符号する事実・内容・・・
そしてその晩、そのサイトは閉鎖した。

某巨大掲示板に書き込まれていた内容は、某サイトに対する誹謗中傷であった。
それはサイトそのものに対するだけでなく、そこを訪れる人たちまでもを中傷する内容だった。
書き込み人は、女性と思われる。
そしてその本人もまた、そのサイトに出入りしている様子である。
ここで、思い当たる人物が1人浮かぶ。
昨今のサイトを覗いている人ならば、大抵の人がその人物の事を連想する事だろう。

書き込みを読んでいて、それが想像した彼女が書いたものとは思えない。
いや、思いたくないのかもしれない。
人間には色々な面がある。それが彼女であったとしてもなんら不思議ではないのかもしれないが、
しかし、人を疑うことは好きではない。
厳然たる事実、確たる証拠があるのならば、致し方ないところだが、
あやふやな状況下で、特定の人物を疑ってかかるのは嫌いだ。
「甘い」と言われるかもしれないが、ギリギリの所までは相手を信じていたいと、いつも思う。

今回の件、その彼女が書いたという証拠はない(と思うが・・・自分が知らないだけか?)
穿った見方をすれば、彼女を敵視する別の人間が書いたかもしれない。
その書いた人物をAとして、Aは何が目的だったのか、それが理解できない。
サイト閉鎖を企んだとしたら、まさしく思惑通りに事が運んだことになる。

ネットの世界はつくづく怖いものである。
匿名の世界であるが故、他人に成りすます事も可能な世界だ。
IPが表示される設定になっていれば、見破る人もいるだろうが、
管理人がその設定にしていない限り、一般の人には解りようがない。
そうして簡単に、人を裏切る事もおとしめる事もできる。
それ程までに、ネットの人間関係は脆弱なものなのだろうか。
顔も名前も住所も、何も知らない相手であるからこそ、
そこにつながる信頼関係は、簡単に切れてしまう細い糸なのかもしれない・・・

ところで・・・何が解せないと言えば、その巨大掲示板の膨大なスレッドの中から、
よくその部分を見つけ出した人がいたものだ・・・と言う事。
そしてご丁寧にも、サイト関係者に口コミで廻った事実・・・
自分がまず疑った事は、書き込んだA氏が自ら広めたのではないか・・・と言う事。
そしてAは彼女ではないと思うだけ。
そして・・・もっと根本的なこと。
実は、みんなそう思い込んでいるだけで、違うサイトの話をしてる・・・って事はないのかなぁ・・・
なんか、ふとそう思ってしまったけど・・・

2002年07月03日(水)

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■ その後・・・

たぁくんの幼稚園の園主先生が亡くなって2週間近くが過ぎた。
そこの幼稚園は、奥様が園長先生、主事には息子さんが働いているという、家族経営である。

先週の日曜日に通夜、月曜日に告別式を終えた園は、火曜日から通常保育となった。
園主先生の代わりに園バスのハンドルを握るのは息子さん。
園長も通常どおりに業務をこなしているという。
先週も園行事であるじゃがいも堀などが行われたらしい。

しかし・・・確かに家族経営であると、忌引きはおろかおちおち休んでもいられない。
悲しみに暮れている暇もないと言うのか・・・
もっとも、悲しみを業務で紛らすということもあるだろうが。

ある日突然に園から園主先生の姿が消え去った。
いつもそこに居た人が、いなくなってしまったとしても、
日常は常にさりげなく、当たり前のように過ぎ去っていく。
時に残酷に・・・冷酷に・・・

昨年の9月。ニューヨークでのテロ事件の時、テレビを見ながらそう感じたことを思い出した。
あのテレビ画面から映し出される地獄絵図。
あまりにも非日常的な映像だけに、
さながら映画のワンシーンのような妙な錯覚を覚えながらも、目は釘付けになっていた。
米国での出来事とはいえ、その背景に何千何万の被害者がいたはず。
にも関わらず、感じたことは
「朝を迎えれば多くの人と同様に、自分自身の日常生活は当たり前に始まる」という事。
そんな、「当たり前の日常」を感じてしまった時、
そこにいた自分自身は本当に「人間」だったのだろうかと、疑ったりもしてしまう。

されど・・・それが人間なのかもしれない。
自分と無縁な事柄は、事実として目視するだけで、自身に影響を与えるものではない。
だからこそ冷静に、あるいは冷酷にもなりうる。
「時」はそれに無縁な人ほど、その事実を風化させてしまうものである。
その一方で、悲しみに直面した方々の思いもまた様々である。
彼らにとっては、風化させたくない・・・もしくは風化させられない出来事に違いない。
そんな時「時」は優しく悲しみを包み込み、良い想い出を構築する手助けもしてくれる。

時というものは、悲しみに暮れる時間を与えない残酷さがある反面、
悲しみを癒してくれる優さを兼ね備えているものなのかもしれない。


2002年07月02日(火)

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■ 夢のあと・・・

日本中を席巻した青い波・・・
サッカーW杯が、昨日30日ブラジルの優勝という結果で閉幕した。
日本中を湧かせた日本代表が、トルコに負けてから急速に静かになっていったようなものの、
それでも最後までサッカー熱の冷めなかった人が多くいたことと思う。
それにしても、試合終了後のドイツ主将カーンの姿は、実に絵になっていたよね。
ゴールポストによりかかって佇む姿が、ものすごく印象に残った。

あれだけ盛り上がり、あれだけのパワーを炸裂させた人々は、今どうしているだろう?
新たなる、発散できるものを探しているのだろうか?
ともあれ、確かにあの時期、日本中が盛り上がっていた。
会社に行けば、誰彼ともなくサッカー談義。
電車に乗った隣の席で、老婦人たちまでが「中田だ」「稲本だ」と・・・
この影響力というものはすごいものだと、つくづく感じた。
もっともマスコミがかなり煽ったって事はあると思う。
日本が勝った翌日など、どのチャンネルを見てもゴールシーンだったり、ユニホーム姿だったり。
これだけ短期間に浸透するっていうことは、ものすごいことであると同時に、薄ら寒さすら覚えてしまう。

「情報操作」・・・
国がその気になれば、簡単に国民を騙すことができるものかもしれない。
言論の自由といいながら、陰でその言論を抑圧されていることが多くある。
まして国民の代表であるべき国会議員は、国民不在で勝手に物事を推し進めている。
そしてまた、私利私欲に走った議員がなんて多いことか。
その気になれば、情報操作などいくらでも出来てしまう・・・
そう考えてしまうのは、穿った見方か?

話が飛躍しすぎた・・・
「W杯が終わりました。貴方は今後、何に情熱を傾けますか?」
先日ラジオのインタビューで、こんな質問があった。
答えは様々あったが、ふと自分を考えてみた。
何だろう?・・・何にだろう?・・・
いくら考えてみても、明確な答えが見つからない。
きっとこのまま答えが見つからずに、また5月までの自分に戻っているに違いない。
だめな奴だなぁ・・・


2002年07月01日(月)
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