のんべんだらりら


2006年01月26日(木)  とうとう読んだ

そして案の定号泣。

昨日の日記で「うっかり本を買った」と書きましたが、まさか今日中に1冊完読するつもりではなかった。もっとゆっくり、明日の通学の途中にでも、と思っていた、のに。
うっかり読み始めてしまったからもうだめだった。結末はわかっているのに読み進めてしまったそれは、リリー・フランキーの『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』。
結果、この本は電車の中では読めないと思ったわけで。

もういろんなひとが「いい」と言っている後だし、本の帯には名だたる著名人たちがコメントを添えている。でも今まで読んだ感想にわたしの気持ちはあまりフィットしない。
わたしはあの本を通してリリー・フランキーを見てはいなかった。確実にリリーさんを通してわたしを見ていた。
そして、そう考えるのはわたしだけではないのだと安心もした。幼い頃から漠然と胸の中に抱えていた不安。自分が死ぬことなんて思いつきもしない。ただ、それよりも、ずっと、ずっと、こわいもの…。

もう、わたし、病的なマザコンなんですよ。さすがに母親にしがみついて「ママー」とかぎゅって抱きついたりとかはしないけど、わたしには自立なんて無理だ、と。誰がいなくなるより、母親を失うことが今は一番怖いと思う。
昨日絶妙のタイミングで書いたけど、おかんのごはんを天秤にかけて遊びに行くのをためらうほど。そんなわたしの親離れをさらに遠きものとした1冊。

もう号泣した。いつもは家族がいると恥ずかしくて泣けないけど、こたつから動けなくなって、鼻かんで涙拭いてやっとのことで読んだ。そのあと食べたおかんの味噌煮込みうどんの味がいつもよりおいしく、複雑に感じたのは言うまでもない(ザ・レトルト)。

でもわたしがしているのはただ依存しているだけ。そばにいるだけで、何もしていない。これではただの負担。
何か、何かしたい。自分の人生を家族にささげた母に。そうは思うだけで、しょせん養われている身のカスみたいな人間にはなにもできず。
そして今日も安いジーパンを買ってきて、自分ですそ上げをする母をせつなく思ったりして。

うちは決してお金は多くない。でもわたしに傾けられた銭をもうちょっと水平に戻すことで母親だってもうちょっといいものを買えたりするだろうに。安かったの、と言う自慢を聞くたび、すげえ!と思うと同時に少しせつなくなる。
わたしはこうなれるだろうか。自分を諦めて、家族のために身を尽くせるような生き方を、できるだろうか。
おかんにはもっとバッグを買ってあげたい。リーバイスを履けとは言わないけど(言えないけど)、店を選ばずジーパンを買って欲しい。
わたしに、遠慮して欲しくない。

なんだか色々考えてしまった。でも一緒にいる時間だけは多くて、結局腹を割って話したことなど一度もないと思う。これからもないだろうと思う。わたしのシャイっぷりは、なにせその母親から引き継いだものなのだろうから。

とにかく色々考えさせられて、たくさん泣かされた1冊でした。
本の帯にはいろんあひとに読んで欲しい、と書かれていたけど、わたしはあまり読んで欲しくない。だってあまりにもあまりにもで、わたしの心情を読まれているようで。

今はとにかく、もっと、ずっと、おかんといたい。おかんが歳を取るぶん、わたしがとるから。ずっとずっと、いなくならないで欲しいと、思った。
みんないつかは死ぬって言うのに。そういえば、近しい人の死をこのごろ体験していない。おばあちゃんは小さい頃亡くなったし、学校の先生もどこか他人行儀だった。
おかんに限らず、家族に限らず、今のわたしは今までよりもいっそう打たれ弱くなっている気がする。


そしてもう一度東京タワー、と行く前に、一緒に買ったもう1冊を明日の通学で読もうと思います。
そろそろ好きな作家を作りたいと思ったのです。


そうそう、ミクシィで、ずっと探していたラジオパーソナリティのページをようやく見つけた。
そっ、そうか…。まさか本名で登録しているだなんて思わないから、今まで気付かなかったよ世ー、王様ー!!今までまぴるで探してたっちゅーねん。
さっそくお気に入りに追加。唯一のお気に入り登録。あのひとならアクセス数半端ないから、あしあとたどってくるとかないはず!


で、それで、今日は起きてから1分もテスト勉強をしてないって言うね。
おかんを思うのならやるべきはテスト勉強それしか、と思いながら、どうしてもはかどらずに思いだし泣きするのでした。

あしたはテストだー。明日で終わりだーい。


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