突然何言ってんだって感じなんだけど、子供が学校や習い事に出かけるのを見送るたびに、これが最後かもしれないと毎回覚悟をしてます。 交通事故とか人為的犯罪とか、なんかそういうのに巻き込まれて帰ってこないかもしれない。 そしてその結果として脳死状態になったとき、まだ心臓が動いていたら、たとえ死亡と判断されても臓器を提供できないことを許してほしい。
長男には心臓疾患があるけど非常に軽度で、うっかり手術するの忘れて小学校入っちゃったくらいなんだけど、もし重度の疾患で渡航手術するお金もなかったら、やっぱり国内で移植できるようになる日を待ち望んでしまうと思う。その前提として誰かの死があっても。
A案を支持することが、脳死状態の子みんなを死んだと判断することになるのなら、それは迷う。そりゃあ迷うよ。だって現に生きてるんだから。 もしこのまま衆院も通過して法案が成立されても、提供を断る自由は最優先で確立してほしい。断った側が、絶対に非難を浴びることのないように、それだけは絶対に保障してほしい。
国会で審議されること自体に疑問を感じる人もいるだろうけど、私はその点においては間違いではないと思う。 どんなに明晰な頭脳を持った人でも、子供を思えば道に惑う。誰も冷静な判断なんてできない。 決めるのも人、迷うのも人、待つ側と待たれる側に遺恨が残らなければいいんだけど。
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