最近、上層部の無能さを思わせる事件が多い。 最近では、みずほ銀行のシステム異常。農水省のBSE対応。雪印の表示詐称。 ちょっと前であれば、雪印の工場の安全性の問題。 うちの会社で言えば『はげ』(爆) 恐らく、どこの組織も、上層部は恐らく機能していないだろう。
そこに共通して見えるのは、「昔は〜」「かつては〜」という、ふしぎな尚古主義。そして、そこから派生する歪んだプライド。
昔からこのやり方でやってきたんだから、これでいいんだ。(組織運営) 昔の○○という会社はよかった。(企業ブランド) 昔はこの路線で行けばエリートになれたのだから、これでいいんだ。(学歴社会)
そういう姿が見える。
新しい制度を懐疑的に見る古い組織。 学歴至上主義のふしぎな社会。 大企業=安定の方式。 数字さえ黒字であれば、社員の勤務状況をまるで無視する超買い手市場(リストラして何とか企業の利潤を黒字にしたとして、また景気がよくなったとき、社員を1から教育するのはかなり無駄だと思うけど?それよりは、少ない仕事の量を分け合って、社員の給料を全体的に抑えるほうがいいとおもうんだけどね)。
そういうものが、未だ大手を振るっている。 「変わったと言っても、なんだかんだ言って○○だからね」 そういう言葉を耳にすることが多い。 なんで、人間は古い習慣や権勢にしがみつこうとするのだろうか。 考えてみれば、どの時代もそうだったかもしれない。 そして、そういう権勢や習慣を綺麗に整理することができない人間は必ず滅んでいった。
貴族社会から武家社会、そして学歴社会へ。 時代は確かに血統から能力へと移っている。 しかし、その能力も、丸暗記だけ、という一元的な見方となっている。 これからは、多面的な能力主義がひつようになってくるだろう。 といっても、普通に生きていれば当面受け入れられるものではないが。
幾つもの企業や省庁が破綻し、何時になったらそれに気づくのが、見ものだ。 せめて、その革新がおいらが生きているうちに行われてくれればな、と思う。
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