2004年10月14日(木) けの国の戦後の歴史

ちょっと時間があったので、はげにこの地域の少し昔の話を聞いた。

話は、マッカーサーぐらいの時代にさかのぼる。
あんま細かく書くと、おいらの居場所がばれてしまうので書きにくいけど、戦後の財閥の解体のときにばら撒かれた野心の遺伝子が、それぞれ昔取った杵柄で仕事を始める。一番良かったのは運転手、のようだ。機械を自分のスキルで運び出せたから。
そして、外部から入ってきた割に大きめの企業の下請けとなったり、関連企業となったり、取引先となったりして、今のおいらの住んでいる地区近隣の経済状況を形成している。
社長と呼ばれるほとんどの人間は、本人なり先代なりが、火事場○○的なことをしている。だが、それはそれでひとつの形だ。戦後の混乱に乗じて、というが、混乱というのはそういうことであり、戦争が招く結果なのだ。

そして、そこには、愛憎劇あり、運のみで切り開かれた道筋あり、という不思議な世界。
なるべくしてなった。
まさにその表現が正しい。


その一方で、地場に根ざす人間関係は奥深い。外様の人間は、どんなに努力をしようと、為政者にはなかなかなれない。経済と政治は一緒になっているようで、そのつながりは非常に希薄だ(希薄とはいっても、薄い糸が何本もつながれば、太いロープのようになる。そのロープは決して侮れない)。
どちらかといえば、やはり草の根の力のほうがはるかに強い。
そして、その草の根の力は、政治面から経済に圧力をかける。経済は草の根に労働する場所を提供する。

草の根 < 経済 < 政治 <草の根 ……(以下略)

という、ほとんどじゃんけんの構造(−−;

人間の社会は、生物の生態系とはまた違う、独自の文化生態系を持ち合わせている。
東京にはありえない形態だ。
厳密には、東京では当に過ぎ去った形、というべきか。
外様が地域一体化している。というより、東京はほとんどが外様になってしまった。

職場の人間が、自分の父親の醜態、母親の元彼、じいちゃんの事業の失敗、ばーちゃんのへそくりの額、その他もろもろを知っているのは恐ろしいことだ。
しかし、それが文化の生態系の根幹を成しているのは間違いない。
いやー歴史って本当に面白いものですね。

といいつつ、外様のおいらはちょっとほっとしてます。(^^;

詳しく知りたい方はメールください。地名、会社名等挙げて具体的に説明します(相手にもよるけど)

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しかし、面白いのは、そういう人たちのもとに集まる人ってのはなぜか、最初は利益云々ではなくて、その人の人柄で集まるんだよね。
その辺は、戦国時代の武将にも似ている気がする。
人は、求心力のある人間の下になぜか集まる。そして、そこで利益が発生すると見た人間がさらに集まる。

組織として膨れ上がった存在は、さらに大きな力にたたかれるか、あるいは自らの限界を超えてはじけ飛ぶ。そのはじけとんだ破片は、徐々に寄り添いつつ、小さな組織となり、その統廃合が進み、形を変えて巨大化する。それがまたはじけ……。

使い古された表現だが、今は確信を持って使える。
『時代は繰り返す』。
若手の作家が使っても何の説得力のない表現だけどね。

人間を呼ぶ、求心力とは、いったいどういうもんだろうなあ。
ひとつの疑問の解決は新たな疑問を呼ぶ。

知的好奇心の充足は、何事にも変えがたい快感ですな。


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彩葉 [MAIL]

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