夢見る汗牛充棟
DiaryINDEX|past|will
一巡
もうひととせの環が回ります
回転度数は増し速度をあげて
どこかに転がる世界のうえで
わたしたちはおそらく一時の
灯りのように明滅してゆくのですね
ふと消えた灯りに気づけば
眠ってしまったあなただとしても
櫛の歯が抜け落ちたほどにも
世界は困ってくれないのでした
恨めしいほど静かに転がっていく
その一巡は瞬く間のくせに
なにも損なわないまま
生き抜くのはあんがい大変です
風の匂いは埃っぽいのです
ますます色が褪せ寒々しい
強い風になぶられる世界
枝ばかりの眠る樹木と
艶やかな濃緑の樹木
枯れ果てた下草も
根は呼吸しているのでしょう
いのちは春になればまた生まれてくる
あなたはまた産声をあげるでしょうか
幸福を味わったり苦痛に泣くために
その気になったあなたがどこか遠くで
おぎゃぁと泣く所を想像します
あるくわらうおこるかなしむ
つかれるたおれるねむる
ひととひととひとと
すべてのさいわいをいのる言葉は
さむいほどうつろです
街並みの灰色が凍るようです
向かい風を歯を食いしばって往きます
五色の電燈で飾る家に帰りますか
温もりに融けあう家に帰りますか
誰でもあたたかな橙の光が欲しい
あなたはいまあたたかな何処かにいますか
泣いていませんか傷は癒えましたか
わたしは運あって今日も歩いています
寂しがったり寒がったり
自信を失ってばかりいます
天に恥じても構わないけれど
たましいに誇らかにいるだろうか
いきたいけれどいきているのか
本当にわからなくなるのです
自然はとてもうつくしい
ひとひとは自らが抉り出された
故郷を懐かしむようにそれらを愛しむ
空の色を忘れても樹木の色を忘れても
あらゆる色彩を手放して
ついには灰色しか残らなくても
この環の中に暮すのです
ひととせの環の継ぎ目に立ち
そろそろ新しい月暦を用意しようと
ぼんやり考えています
もう一巡りのための乗船切符です
なぜあなたは船を降りたのか
答えの無い問いは鉛です
おおきな世界は血を流さないけれど
ちいさなひとは己の知る灯りを
ちいさな消えた灯りをいつまでも
痛みのようにこころにだけ灯します
わたしもこんな夜に
あなたの灯りを思い出しています
(2002.12.23)
|