夢見る汗牛充棟
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2000年02月26日(土) 一巡

一巡






もうひととせの環が回ります

回転度数は増し速度をあげて

どこかに転がる世界のうえで

わたしたちはおそらく一時の

灯りのように明滅してゆくのですね

ふと消えた灯りに気づけば

眠ってしまったあなただとしても

櫛の歯が抜け落ちたほどにも

世界は困ってくれないのでした

恨めしいほど静かに転がっていく

その一巡は瞬く間のくせに

なにも損なわないまま

生き抜くのはあんがい大変です


風の匂いは埃っぽいのです

ますます色が褪せ寒々しい

強い風になぶられる世界

枝ばかりの眠る樹木と

艶やかな濃緑の樹木

枯れ果てた下草も

根は呼吸しているのでしょう


いのちは春になればまた生まれてくる

あなたはまた産声をあげるでしょうか

幸福を味わったり苦痛に泣くために

その気になったあなたがどこか遠くで

おぎゃぁと泣く所を想像します


あるくわらうおこるかなしむ

つかれるたおれるねむる

ひととひととひとと

すべてのさいわいをいのる言葉は

さむいほどうつろです


街並みの灰色が凍るようです

向かい風を歯を食いしばって往きます

五色の電燈で飾る家に帰りますか

温もりに融けあう家に帰りますか

誰でもあたたかな橙の光が欲しい

あなたはいまあたたかな何処かにいますか

泣いていませんか傷は癒えましたか


わたしは運あって今日も歩いています

寂しがったり寒がったり

自信を失ってばかりいます

天に恥じても構わないけれど

たましいに誇らかにいるだろうか

いきたいけれどいきているのか

本当にわからなくなるのです


自然はとてもうつくしい

ひとひとは自らが抉り出された

故郷を懐かしむようにそれらを愛しむ

空の色を忘れても樹木の色を忘れても

あらゆる色彩を手放して

ついには灰色しか残らなくても

この環の中に暮すのです


ひととせの環の継ぎ目に立ち

そろそろ新しい月暦を用意しようと

ぼんやり考えています

もう一巡りのための乗船切符です

なぜあなたは船を降りたのか

答えの無い問いは鉛です

おおきな世界は血を流さないけれど

ちいさなひとは己の知る灯りを

ちいさな消えた灯りをいつまでも

痛みのようにこころにだけ灯します


わたしもこんな夜に

あなたの灯りを思い出しています












(2002.12.23)


恵 |MAIL