「隙 間」

2005年09月24日(土) 最高の夜

 雨がシトシトとアスファルトを湿らせている。天気予報では、台風が近付いているらしいとの事だった。ひんやりした空気は、このまま夜になり、きっと蒸し返るようにはならないだろうと思った。
 今夜のライブ──春以来の半年ぶり──の開場時間になり、ハコの中にゾロゾロと背中が流れ込んで行く。自分も、その背中の中のひとつに加わって流れて行く。
 今回はいつもとは違う、本人曰く七年振りの、バンドを付けてのライブ。
「アタシが立って唄うんだから、聴く方も立って聴く、まぁその、フィフティ・フィフティって関係?」
 と言う潔いポリシーで、オールスタンディングだった。
 最近はソロでピアノの弾き語り、と言うスタイルになっていたので、客席にも「お客様にも、特に女子には優しく」をモットーにイスが並べられていたものだった。
 そう、今回は違う……。

「Stand and fight」

 今回のテーマ。
 開演まで、今か今かと色んな想いが渦巻き、ボルテージが高まって行く。
 照明がスーッと落ちる。そして、幕が上がった……。
 センターのスタンドマイクの前で、深々と、でも軽快に頭を下げる。そしてイントロが流れ……

 01「HERO」
 02「30's blue」

 を唄い上げる。
 一発目の「HERO」は、慎重に、大切に、と緊張気味な感じはしたけれど、逆にその緊張感が、曲のイメージを膨らませる。「30's blue」は、三十路街道まっしぐらな自分のお気に入りの一つ。軽快なビートと、歌詞本来のものとは違う「今日のライブを迎えられた喜び」のメッセージが伝わってくる……。
そして「この曲を唄える事に……」と、想いを込めて、

 03「flower」
 04「Dear」

 と続く。
 実は「flower」と言う曲の最後の「明日もしも、世界が……」と言う歌詞。自分がそうありたい、といつも思っていながら出来ずにいる、思い入れのある曲。「Dear」はもう、普段の自分のテーマソングになりつつある、好きな曲。
 そして「また新しく月を唄った曲」と紹介されて、

 05「白い月」
 06「アスピリン」
 07「HOPE」
 08「最後のドアを閉めて」 

 と続く。
 最新アルバム「us」からの四曲。「白い月」を春のライブで聴いた時「ありゃりゃ、これはやられた!」と、CDで改めて聴いて「……!」声にならない声が胸を突いて、言葉にならなかった。「アスピリン」は、もう、今一番口ずさんでいる曲かもしれない。「HOPE」「最後のドアを閉めて」なんかもう、切なさを力を込めて切々と唄われた日にはもう、脳内マヒなっていた。
 そんな個人の勝手な都合とは関係なく「マラソンランナーの曲です」とのMCに、思わず「夜明けのランナー」か? と余りにも短絡的な予想を見事に裏切り、

 09「風の背中」
 10「Split」
 11「loop of smile」

 やられた……。「風の背中」は、「Dear」とのツートップをがっちり組んでる不動のポジション。「split」は、仕事についてちょいと考えてしまう曲。「loop of smile」なんか、大切に思う人の笑顔を思い浮かべながら、自分もその笑顔の一つでありたい、なんて最近常に意識している曲。
 もうこの時、全体の半ばまで来ているなんて、全く、思っていなかった。まだまだ序盤戦、だと思い込んでいた。

 12「ジレンマ」
 13「Down」
 14「名前の無い週末」

 実は「ジレンマ」と言う曲、初めてライブに連れていって貰った時、確かクアトロでのライブだったと思うけれど、その時のオープニングだった曲。
 その時の事が一瞬にしてフラッシュバック。あれはもう、衝撃だった。あの時から、いったい何年の月日が流れているんだろう? さらに、出会ってからは、本当にどれだけの時間が流れてきたのだろうか……?
 ちょっと懐かしめの三曲を噛み締めると、とうとう、この曲が来た!

 15「ひとり」

 この曲「一度だって上手く歌えたためしがない」と、春のライブでポロリとこぼした事もある、一番思い入れが強く、向き合って大切に、一緒に歩いてゆきたい曲。今回は、バンド演奏ということで、唄う事だけに専念。

 ……最っ高だった!

 いつ聴いても、何があっても、本人が唄うこの曲は、紛れも無く、最高なんだけれどね。
 16「秒針のビート」
 17「Journey」

 もう、どうしてくれよう! この高揚感!
 気が付けば、実はこれが最後の曲。「Journey」で、間違いなく「私達」を確認し合い、会場内はまさに「ひとつ」であることを刻み込んだ。

 そして、本人は袖へ下がる。
 鳴り止まぬ拍手。
 そして、
 アンコールへ……。

 18「422」

 この日付は本人にとっても大切な日付。メジャーからインディーズに歩みを変えた、思いの込められた日付。「好きなものを好きと、嫌な事は嫌と……」軽快に、本音の大切さを謳い上げ、

 19「満月」

 これはもう、最近月とばかり会話を繰り返す日々を送っている自分にしてみれば、最高の曲。「跳ね返される問い掛けがそのまま答えだと……」のフレーズは、痛いほど日々、身にしみている。実際この曲、十年前に発表されていて、今のこの時にも、こんなに胸の中に染みてくるなんて、すごい曲だ。

 20「Time will tell」

 今の自分にふと疑問を感じた時、この曲にどれだけ励まされた事か……。今でも励まされてるんだけどね、実際。まかれた種は、確実に今、芽吹き、果実へとなっている。そんな気持ちを抱き締めながら……

 21「Stand and Fight」

 最後の最後に未発表曲!
 KOパンチを、ガツン、とくらった。小気味良いリズムでジャブを喰らい、あっという間にストレートを打ち込まれた感じ。
 マットに口付けた満身創痍のボクサーは、すでにピクリとも動く気配は無く、本人が最後に袖に下がってしまってからも、何故かこのリングから立ち去る気分になれなかった。
 拍手は未だ鳴り止まない。アンコールが終わったと言う事で、退場してゆく同胞達の姿も見え始めていた。
 それでも、まだ続く拍手……。
 と、その時!

 予定外の、アンコールのアンコール!

 バンドは連れず、下げられていたマイクを拾い、センターへ。
 まるで、登場に対する拍手を制するように、ア・カペラでマイクを振り絞る。

 (22「S」)

 途中、音が無いために、曲の入るタイミングを掴み損ねてしまったのか、一瞬、間が空く……。客席に向けて、突っ伏してしまう。「ひとり」じゃない「ひとつ」に、「私」ではない「私達」は、誰からでもなく、次を口ずさみ始める。
 突っ伏していた本人も、面を上げ、再びマイクを握るコブシを握り直す。

「Stand and Fight」

 立ち上がり、闘い続ける。
 まだまだ続く。
 途中、スリップやダウンがあるかもしれない。
 カウントはまだ大丈夫、まだやれる、まだいける。

 きっと知らない人達には、知らないままで終わってしまう、名前の無い週末なのかもしれない。でも、紛れも無く、この週末はこの胸の中にずっとずっと、在り続けるだろう……。

 外はまだ小雨が残っていた。
 連休の真ん中、しかも台風が近付いている夜。かつて本人は、同じ様な三連休真中の雨の日と言う状況の時のライブでこう言っていた。

「まったく、こんな時にこんな所に来てくれるなんて、本当に変わりモンよねぇ、キミ達は。まさに、愛おしい『雨の中のバカ』っていうか……」

 まさに、「fool in the rain」達の最高の週末だった。


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