「隙 間」

2006年02月12日(日) 過去と自分と境界線

 境界線。
 意識した事はありますか?
 自分と他人。社会と自分。
 そして……自分と自分。

 今の自分は間違いなく、昨日までの自分の延長上に存在している。そこに境目は無い。だけど、ものを書いていると、その時その時の自分は、明らかに今の自分と違う事に気が付く事がある。よく「日記を一日数行でも良いから」と言われて書いている人もいると思うけれど、そんな人にとってはごく当たり前の事なのかもしれない。
 リライト、と称して過去の作品を書き直すことはやっているけれど、それは既に「こう描こう」と言う形で一旦区切りがついているもの。だから、いわゆる流れや形のようなものは出来上がっているとも言える。ショートショートだから、という事が大きな要因だけれど、長編に手を出して、そしてそのまま仕事の忙しさにかまけて一時中断になっている作品達を改めて目にしてみて、気がついた。

 こんな流れだった?
 こんな表現方法だった?
 こんな言葉遣いだった?

 なまじ五十〜七十枚前後という量に差し掛かってくると、ショートショートの時のように、さらっと見返す機会が減ってゆく。いや、見返す事が怖かったりもする。読み返して「やっぱりここは違う」と気がついてすぐさま描き直し、そして先に進まなくなってゆく、と言う事態が目に見えるからだ。
 とにかく「どんな形、流れでもいいから一度描ききってしまう事」その後で校正して、全く違う形に描き直す事にしたって良いわけだし、と思っている。でも、その時描いていた自分の表現方法、最も根本的なところの「一人称」と「三人称」の選択が、実は変えた方が良いのでは、という事になっていた。

 何故その時の自分がその方法を選んだのか?

 明らかに「別人」。
 別人が描いたものであれば、自分がどう描き直そうが問題は無い……と、思う。などと過去の自分への言い訳をしながら、次に手を出せる時期がきたら一歩目から足を踏み出し直そうと目論んでみたりしている。
 でも、長編の締切りって今月末か来月末に集中しているんだよね。

 時間とのジレンマ……。

 やりたい事。やらねばならない事。
 そしてそれぞれに充てる事が出来るのは、限られた時間でしかない事。
 自分の限られた時間の中での、自分と過去の自分とのジレンマ。

 抱えるものは、山ほどある。
 抱えた山をなるべくこぼしてしまわないように……。


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