天から一本の蜘蛛の糸が垂れ下がっていた。 私は必死でしがみつき、夢中でよじ登る。 半分まで辿り着くと、糸に気がついた連中達が 「我も、我も」 と奪い合い、しがみつき、よじ登ってくる。 不思議と糸はまだ力に富んでいるように思えた。 切れそうな素振りは見られない。 争いの狂気に飲み込まれないうちに登りきってしまわねば。 糸の下端の黒い狂気のかたまりは膨れつづけている。 黒い狂気の先端は順調に私の方へと登り続け、 その先端に近いほど狂気は薄れ、慎重になっている。 私の手の中の糸が、弾性の欠片も無くなってゆく。 不思議と切れてしまう心配はまだ感じなかった。 ここで「自分だけ助かろう」と思うと、糸は切れてしまうだろう。 だいいち、糸を切る道具など持ち合わせているわけが無かった。 しばらく無心で登る。 糸はどんどん細くなってゆく。 切れそうな気配は無かった。 ふと、脳裏に浮かんだ。 「自分が彼らを蹴落とすつもりはなくても、 彼らの誰かが自分をそうしないとは言い切れない」 他人を蹴落としたいのでは決して無い。 ふところの隠しを手でまさぐってみる。 今までなかったはずの短刀が鞘袋に収まっていた。 袋の留め紐を糸にくくりつける。
私はそのまま、黙々と糸を登り続けた。 やがて、糸が不意に弾力性を取り戻した。 ぐいぐいと登りつめてゆく。
私の後を追う者の姿は、 無い……
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