「隙 間」

2006年03月03日(金) 苦悶の糸

天から一本の蜘蛛の糸が垂れ下がっていた。
私は必死でしがみつき、夢中でよじ登る。
半分まで辿り着くと、糸に気がついた連中達が
「我も、我も」
と奪い合い、しがみつき、よじ登ってくる。
不思議と糸はまだ力に富んでいるように思えた。
切れそうな素振りは見られない。
争いの狂気に飲み込まれないうちに登りきってしまわねば。
糸の下端の黒い狂気のかたまりは膨れつづけている。
黒い狂気の先端は順調に私の方へと登り続け、
その先端に近いほど狂気は薄れ、慎重になっている。
私の手の中の糸が、弾性の欠片も無くなってゆく。
不思議と切れてしまう心配はまだ感じなかった。
ここで「自分だけ助かろう」と思うと、糸は切れてしまうだろう。
だいいち、糸を切る道具など持ち合わせているわけが無かった。
しばらく無心で登る。
糸はどんどん細くなってゆく。
切れそうな気配は無かった。
ふと、脳裏に浮かんだ。
「自分が彼らを蹴落とすつもりはなくても、
 彼らの誰かが自分をそうしないとは言い切れない」
他人を蹴落としたいのでは決して無い。
ふところの隠しを手でまさぐってみる。
今までなかったはずの短刀が鞘袋に収まっていた。
袋の留め紐を糸にくくりつける。

私はそのまま、黙々と糸を登り続けた。
やがて、糸が不意に弾力性を取り戻した。
ぐいぐいと登りつめてゆく。

私の後を追う者の姿は、
無い……


 < 過去  INDEX  未来 >


竹 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加