| 2006年06月12日(月) |
「グッドラックららばい」 |
平 安寿子著「グッドラックららばい」を読んだ。 個々が己の信ずるままに、当人自身はそれが普通、正しい、と思うままに生活している。それが、身近な他人(親戚やら)が「おかしい」「そんなの家族として間違っている」「不幸だ」などとガヤガヤ騒ぎ散らす。 でも、当人たちが「それでよし」としているのだから、騒がれれば騒がれるほど、冷めてゆく。いい迷惑だ。 母親が「ちょっとお買い物に」的な軽いことづけで「家出」をしてしまう。それがずーっと十年以上も続く。 それでも家族(父、姉、妹)は、それでも「当たり前」にそれぞれの日常を送ってゆく。母親も、季節の折々に定期連絡で電話を入れたり、土地のものを送ったり。 母親が一ヶ所にとどまっていない。誰かに助けが必要だ、と言われれば、あっさりとそちらの方に行ってしまう。 「疲れて帰るところが家」 彼女はそう言って、家族を想う。 「いつでも帰れると言うことは、今すぐ帰らなくてもいい」 帰ればそこにあるのが「家族」であり「家」でもある。 保とうとあくせくするのではない。 どんな形であれ「家族」は「家族」である。 うーん。 自己正当化……かな?(苦笑) 今日は昼から役所関係でひと通り手続きをして、上野に始まり上野に終わった。 「11309」
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