「隙 間」

2006年07月18日(火) 何人分もの人生と「アメリカ、家族のいる風景」

今日は盛りだくさん。
読む本が無くなってしまったので、神保町へ。
本屋で本を選ぶとき、ふと、気をつけたことがある。
「重松清作品を、今日は選んじゃいけない」
なぜだかそう思った。
直感?
本能?
(苦笑)
こういうときに無理して買って読むのは気が進まない。
そこで……
やっぱり、運命の出会いがあった!
バチッと、目が合ってしまった……
ああ、女神様っ(苦笑)
と、いうことで、その女神様の後ろ髪に手を伸ばす。
やっぱり、大当たり、だった気がする。まだ頭のほうしか読んでいないのに、思わず顔がほころんでしまう……。
やっべえって!
いい歳こいた男が一人で、本読みながら身悶えてるよ!
と、いう状況になりつつあったので、いったんやめておく(苦笑)
そしてネタ書き。
かれこれ四時間……弱、お世話になって外に出る。
そして飯田橋へ。
「アメリカ、家族のいる風景」
を観た。
西部劇のスターが突如、撮影の最中に姿をくらまし、実家に帰る。そこで、実は自分に息子がいたことを母親から知らされ、思い出を頼りにとある町の昔の恋人を訪ね、彼女の息子、つまりは彼自身の息子と会うことになる。そして、また別の昔の恋人の娘が、母親の遺灰を手に、母親の思い出の町を訪れ、偶然、父親たる彼に出会う。
彼が知らないまま、育てられてきた息子と娘。
印象的だったのが、娘が母親の遺灰を思い出の町の明け方の空に撒くシーン。
話自体は、なんだか男の身勝手さを現していたような感じ。
映画やお話は、都合よく都合の良いことが起きる。
なんでこのタイミングでこうなるの? 普通はありえないでしょ!
てなことも、お話の中なら全然、問題ない。
でも、書く側としては、ご都合主義な書き方を、嫌う。
それでも、どこかで都合よく話を進めないと、より、感動や衝撃などの演出ができないから、さも自然にそのことが起こるべくして起こったこと、として表現しようとする。
難しいねえ……(苦笑)
読みかけの本の世界とネタ書きの世界と、映画で観た世界。
なんかものすっごい、何人分もの人生を駆け巡っているような感覚。
でも、本人はまったく動かず、ひとりのまんま(苦笑)
今日は
「18581」


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