「隙 間」

2006年10月30日(月) 悔しくね?

 ニュースではイジメ問題、高校の未履修問題が騒がれている。
 その二つのニュースの中でキーワードのように自分が感じた言葉が「自殺」である。
 某高校の校長先生は、おそらく自責の念に苛まれて命を絶つという行動に出てしまったのかもしれない。そして、「イジメ」から逃れる……いや、戦う最期の手段として、自らの命を武器としてしまった子どもが、いる。
「自殺」に悩む人間に大概の人はこう言うだろう。

「死んでしまったら、未来にある喜びや楽しみや夢を手にすることができない」

 自分も同じことを口にしたことがある。
 だけど、そうじゃないんだよね。
 今がなくって未来はないでしょ、ということも考えなくてはならない。
「死ぬ」ために自殺をするんじゃない。戦うため、もしくは、守るためにそれを選んでしまうということを忘れてはならない。
 幇助するようなことを言っているのではない。

 ただ……
 なんかそれ(自殺)って、悔しくね?
 その後、いったいどうなったか、それが誰かに何かを残すことができたのか、自分自身がここにいたということを刻めたのか、自分じゃまったく確かめられないじゃん。
 そんなの、嫌だな。
 自分ひとりのために自分が生きているのではなくて、自分だけだと思っていても自分を知っている人が今その場にいなくても、どこかにいるってことを思い出してみると、その人が自分がいなくなったと知ったときにどう感じるか、というところを気がついて欲しい……。

 ……などと考えながら、気がつけば応募締切り前日になって現実逃避を始めてます。
 あかん。こりゃ、徹夜だあ……。

「全力で書き上げて欲しい。投稿したら思いっきり休んで、またムクムクと次回作を書きたくなるような人間の作品を待っている」

 えぇえぇ、全力してます。そりゃあもう、手書きアップした時点で「もう二度とこんなん(小説)書いてやるかっ! なにを好き好んでこんなん、おるかおらんかもわからん人間の物語をかかななんのんや!」と、叫びましたとも。
 でも、誰も強制していないし、自分でそれを選んだんだしね。そしてなにより、出来不出来はともかく(苦笑)、書き上げた時の、あの感情は、何ものにもかえがたい。

 さて、と……。
 またあの瞬間を味わうために、最期の山場に突入しましょっか。


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