「隙 間」

2007年01月13日(土) 「送り火」と家族と

 重松清著「送り火」
 を読んだ。

 私鉄沿線に暮らす、ささやかな人たちのそれぞれのさまざまな日常をまとめた短編集。
 やはり、感情、いや、想いを表現するのが、絶妙。
 そうか、まさにそんな感じで、そういう感覚だよね、という表現が散りばめられている。たとえば……

 自分の「家族」を思い描いてみてください、といわれたとする。
 その「家族」 の中に、自分の顔はあるだろうか?
 自分にとっての「家族」とは、自分以外の家族のことを思い、「家族」のため、と思うときには自分のことを考えないことがほとんどだと思う。
 それぞれが自分のいない「家族」のため、と自分を犠牲にしていたら、そこには誰もいない「家族」という空の器があるだけになってしまう。
だけど、自分以外の「家族」のため、と考えなければ、ひとはなにも頑張れなくなってしまうのかもしれない。
 でもそのせいで、あなたを「家族」と思い描いている家族の誰かの中のあなたが、勝手にいなくなってしまうことにもなってしまう……。

「家族」とは形にしようとすると、もろくて形にできないものなのだろう。
だからこそ、「家族」という言葉を口にするとき、「家族」という文字しか思い浮かべないようにしているのかもしれない……。

 今日は
「12842」


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