| 2007年08月03日(金) |
ギャルと夜空のムコウニ。会話と言葉とムズカシイね |
帰りにネタ書きと読書に寄った上野マックで、「マックポーク」を食べてしまいました。
美味かったです。
そして、「一食は、一食」です。 晩ご飯をわずか一分少々で平らげてしまい、後悔しつつ、空腹に耐えております。
隣の席のギャルたちの会話に、耳を覆ってしまいました。 ああ、女子たちよ、いったいどこへ行ってしまったのだろう……。
「ちょーまじ、ゴメン。まじウ○コいい?」 「えっ、まじ? まじウ○コなの? ちょー、まじぃ?」 「まじまじまじ。ホント、いってくる!」 「なになに、ちょーながくね? やっぱまじウ○コ。うっけるぅ〜」 「ちょっと、ながかったジャン〜」 「ねえねえ、まじウ○コだと思ったんだけどぉ、ちがったのよぉ! まじっ屁だったぁ! ちょー、笑っちゃったんだけどぉ!」
こんなことを、大声で、ぎゃはぎゃは笑いながら……。
お願いです。
こんな会話を、言葉を、臆面もなく口にする女性は、どんなにそれまで魅力的で盲目的に思いのすべてを向けていたとしても、一瞬にして視界の暗闇の彼方に葬り去らせてもらいます。
かくいう私も、年長者との会話の中で「まじですか」などとふさわしくない言葉を使っていたりもするので、気をつけようとは思うのですが。
たまに、わざと使ってみせたりもしてますが(笑)
「ら」抜き言葉が気になって、一文字も文章が進まなくなったりするくらい、な時期があったと作家の川上弘美さんが話していました。 SMAPの「夜空ノムコウ」がきっかけで、「ら」抜き言葉自体がとても「らしい」言葉使いだと思って乗り越えたそうです。
「信じてこれたかなぁ……」
これが「信じてこられたかなぁ……」では、まったくニュアンスもメッセージも異なってしまう。 確立した人格性、成熟性を感じさせてしまいかねない言葉ではなく、未成熟、未知、不安、希望、可能性、といった、未来へ向かう過去への想いを浮き彫りにするために、必要不可欠な表現。
むずかしいね。言葉って。
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