赤から青に変わるまでの信号待ち。
ちょいと昼を食べに行くだけだからと、スーツの上着を羽織るだけで出てきたことをすこし後悔していた。
思っていたより肌寒い。
すこしのあいだも、じっとしてはいられず、たいして効果はないと思いつつ足踏みするのを止められずにいた。
足踏みするたびにからだが左右に揺れる。
こんなとき、どうして膝をつっぱったままにしてしまうのだろうかと、歯をふるわせながらぼんやり考えていた。
ふるわせ揺れていると、わたしのあしもとに男の子が立っているのに気がついた。
男の子の向こう側には、手をつないでいる母親が向こう岸の信号を、長い漁から夫が帰ってくるのを待っているかのように見つめている。
ぼうやは、そんな忍耐の固まりのような母親に従属するもののように、しかし、見つめる対象はまったく違ったが、やはりじっと見つめていた。
わたしのあしもとを、である。
あまり揺れ続けていると、まるで船酔いになってしまうかのように思え、わたしは足踏みをやめ、揺れるのをやめた。
まだ、信号は赤だった。
母親はいまだに向こう岸を見つめ、待ち続けていたが、ぼうやはふと視線をあげ、わたしを見つめた。
横の横断歩道を走ってくるOLやサラリーマンの姿が視界の隅に飛び込んでくる。
もうすぐ、わたしとぼうやの母親が待つ信号が青に変わるだろう。
それなのに、わたしはまるでストンと次元のはざまに落ち込んでしまったかのように時が止まり、ぼうやと見つめ合っていた。
ぼうやはくりっとした目をやがてゆっくりとくもらせてゆく。
ぼうやは、きょとんとしていたわたしに困ったように、まゆをしかめて小さな指でわたしのあしもとを指差した。
わたしは、ああなるほど、どおりですっぽりとなにかにはまり込んだような錯覚に陥ったわけだ、と理解することができた。
「とまれ」
と書かれた足形のペイントに、ぴったりと重なるようにして、わたしは足踏みをやめた瞬間から立っていたのだ。
ぼうやは、きっとわたしがそこにそうやって、ぴったりと足形のペイントの上に立っていなかったら、自分がそこに立っていたのが当然であったのだろう。
信号が青に変わっていた。
わたしは、一瞬の空白のあとに、時が流れはじめるのを感じた。
数歩足を進め、ふと振り返った。
ついさっきまでわたしが踏みしめ、立っていた「とまれ」のペイントは、わたしが立つまでは輝かしい真っ白な光を放っていたのに、わたしが立ってしまったがために、わたしの靴の裏にすべてその輝きが張り付いて奪われたかのように、ぼんやりとかすれ、風に吹き晒されていた。
振り返ったそのとき、すれ違うようにわたしを抜き去っていったぼうやは、横断歩道の白い線だけを踏みつけるように飛び跳ねながら、母親に引っ張って連れて行かれていった。
わたしは逆に、白い線を踏まないように気をつけながら、足を運んだ。
向こう岸に、こちら向きにたたずんでいる白い足形が、わたしを待っていた……。
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