「だまされるな」
小さく呟く。
「誤魔化されるな」
強く首振る。
「目を閉じるな」 「終わっちゃあ、いない」 「涙を拭え」 「気を抜くな」
「もう、いいだろう」 「よかったじゃ、ないか」 「あとは任せとけ」
誰かが肩を叩き、背をさすってくれる。
「まだまだ、これからはじまるんだ」
耳障りな囁きが、うなじを逆立たせる。
ここまで、死ぬ気で走ってきたというのに。
これ以上、さらに走らせようとするなんて、できっこない。
「よくやった。もう、膝を折っておやすみよ」
あごをやさしく撫でるようにわたしを背中から包み込み、心地よい重さをかけてくる。
いま、このままにまかせて膝を崩してしまったら、どれだけ気持ちよく地に這いつくばれることだろう。
もう、いいや。
右膝が「カクッ」とひと鳴きする。 あとは左の膝がそれにならって、やわらかにわたしを受け流すだけでいい。
「ビクンッ」
左の膝はわたしを受け止め、そして、突っぱねた。
その膝に両手を重ね、わたしは力を入れる。
地面が勢い遠のき、空が交わるずっと先を見つめる。
まだ、あそこまで。 灰色の雲が続く、その切れ目まで。
わたしは、走りだす。
足を止めたら、だめだ。 きっともう、立ち上がることすらできなくなる。
沿道の声援は、追いかけてきてはくれない。
わたしは、追い越してゆくだけ。
「まだまだ、これから」
わたしは、頬の汗を親指で払い、その手を握りしめる。
わたしはわたしを握りしめ、いのちのかぎり、走りつづける。
たとえ、折れそうになったとしても……。
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