「隙 間」

2008年07月10日(木) 黒澤監督と「銀河鉄道の夜」

 今朝、日暮里駅に向かう途中の谷中霊園で、ピカリとわたしの目を射す強い光が……。

 巨大なレフ板に反射した照明の光でした。

 わさわさと行き来している人の群れ。
 コード。
 カメラ。

「KUROSAWA FILM STUDIO」

 と書かれた機材。

 昔からの木造家屋の前にの道に吊り上げられた、赤く大きな短冊型の一枚布。

 クロ、サワ?
 ……。
 黒澤!

 プロの監督の撮影だったのです。

 学生やインディーズの撮影だろうし、足をとめて見学してたら遅刻してしまうし、と、足早に通り過ぎてしまったのです。

 そうだと気づいたのは、頭の中でローマ字を読み返してみて、あっ、と振り返った五十メートルほど先でした(汗)

 ゆっくり見学したかった……涙

 まだまだ準備中で、アシスタントさんらしき人たちばかりだったのでしょう。役者さんらしき姿もなにもありませんでしたから……。

 御茶ノ水で山田優さんと小栗旬さんを誰かが言うまで気づかなかったわたしですから、それもまたあやしいのだけれど(汗)

 さて、

 宮沢賢治著「銀河鉄道の夜」(新編新潮文庫)

 ……どうにも申し訳ありませんが、やはり、合わないようです(汗)

 宇宙の真理、生命の真理、万物の理を彼は語りたかったのでしょう。

 そんなけったいなものはわかりっこないのだから、あるものをあるがままでいいんじゃね?

 的なわたしにしてみれば、「で、だからどうなのさ?」と、当たり前のことを蕩々と語られたところでなにもないようなのです(汗)

 語るなら自分が語るだけで十分。

 てとこでしょうか……笑

 素直じゃありませんねぇ、ほんと。

「できる○○術」的なセラー本を立ち読みでめくってみたとしても、

 ……そんなの当たり前じゃん。

 と、根本的なことの共通点にだけ気づいてしまうとサラサラとわかった気になっています。

 根本的なことなんて誰だってわかる。
 根本的なことを実際的にどう活かすかが、皆わからず気がつかず、知識ではない手法を求め、それに答えているだろうありがたい本なのだ。

 とは思えないのです。

 ですからわたしは、わかっているつもりのもの知らず、というアンバランスなままなのです。

 てか、それなら日々きちんと勉強しれ、て?汗

 雨にも負けず、風にも負けず……。
 東にムニャムニャ、西にムニャムニャ……。

 馬にもならず、鹿にもならず……。
 東の風が耳に吹いても、ただパタパタ……汗


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