2012年08月15日(水) |
特別阿保列車〜こんぴらさん編〜 |
わたしにとって、四国旅の目的は「高知よさこい祭り」であった。
「阿波おどり」の日程がうまく合ったので、それで阿波を訪れたのである。
そこで旅の目的は果たしてしまっていたのである。 前回高知を訪れたときのように、ここから京都に行く、という選択もあったのである。
しかし。
四国の広さ、遠さはわかっているつもりである。 高知、徳島は毎年夏に訪ねる機会があるが、香川、愛媛はどうだかわからない。
何かの勢いでなければ、きっと訪ねる機会がないだろう。
そこで、「四国四県制覇」ということにしたのである。
日程上、香川と愛媛は一日ずつしか時間がない。 愛媛は「道後温泉」とすぐに決めたが、香川がいまいち思い付かな。
「うどん県」の要潤のポスターしか、頭に浮かばない。
わたしは「蕎麦派」である。
そこで、友が家族で「こんぴらさん」を訪ねたといったのを思い出したのである。
そうだ。こんぴらさんへ行こう。
旅だというのに、わたしはまだ、神社仏閣を訪れる予定がなかった。
わたしとしたことが、なんという落ち度だろう。
友がいうには、奥殿まで大した時間はかからなかった、と。
朝イチで高松を出、昼前に琴電琴平駅に着き、ホテルに荷物を預ける。
入山にあたり、食事はうどん一杯だけである。
こんぴらさんは、たしかにずっと、階段を上って参拝するが、一般的に拝殿までで皆さんは参拝をすましてゆく。
そこまでは、まあ、賑やかなものである。
老若男女、和気藹々と両側にズラリと並ぶ土産物屋をひやかしながら、石段を上ってゆく。
わたしをなめるな。 かの熊野古道最も険しいとされる「大雲取越」を踏破した男である。
なんの、これくらい。 拝殿までで、勘弁してやろう。
「うちの子も、ちゃんと歩いて上ったからねぇ」
友がいっていた。
ふっふっふ。 その挑発に、乗ってやろうではないか。
膝も一緒に高笑いをあげる。
そして見事、奥殿までの遠い道のりを、度重なる難所難敵を乗り越え、拝殿に帰ってきたのである。
雨にも降られ、衣類はびしょ濡れである。
拝殿で休憩、いや、参拝をすませたということで、御朱印をいただこうとしたときである。
御朱印帳が、見当たらない。 ホテルに預けた荷物に入れたままだったのである。
なんという落ち度。
御朱印自体は用紙におされたものもあり問題はないのだが、その己の間抜けっぷりがいけない。
拝殿の隣の方にヨットが展示されており、何やら太平洋横断だかに使用されたものらしく、様々なパネルが陳列されていた。
こんぴらさんといえば、航行安全である。
「すみません。写真いいですか?」
ぼうっとパネルを読むでもなく眺めていたわたしに、背後から若者の声が。
「はいどうぞ、では」
とiPhoneを受けとる。 わたしは、タッチパネルと相性が悪い。 であるから、画面を慎重に触る。 青年三人組が仲良く並んでいる。
しかし、全身を入れたがり、顔が小さい。 一歩わたしの方から近付く。 彼らは、一歩、下がる。
ズーム動作など、わたしの指に反応するかわからないので、また一歩前へ。 すると彼らもまた一歩下がる。 えい、知らんぞ、と。
カシャッ、だか、チロリーン、だか音が鳴り、どうやらうまく撮れたようだ。
「確認してみ」 「ああ、大丈夫大丈夫です」
信用し過ぎである。
「それより、お洒落な帽子ですね」
わたしの麦わら帽を指差し、青年が言った。
「それ、お前が言われたいだけだろ!」 「すみません、ほら」
他の二人が彼の首根っこを掴んで引き下がらせる。
たしかに、彼もわたしと似たような麦わら帽を被っていた。
「君の帽子こそ、いい帽子だね」 「いえいえ、先輩ほどじゃなっ……いっすょ」
仲間のひとりがグイッと彼のシャツをさらに強く引っ張り、首に襟を食い込ませながらも彼はめげなかった。
なんと微笑ましい青年らだろう。
「ほんと、すみません」
二人に両側から羽交い締めにされて引き摺られながら、「ナイス・ハット!」とわたしに親指を立てて去ってゆく。
ちょっとした台風に出会した気持ちになったが、それはなかなか愉快だったという意味である。
参道の階段を下りると、待ちに待ったアイスの時間である。
「釜あげうどんソフト」なるものがある。
バニラソフトクリームのアイスが細くうどんのように巻き上げられている。 さらに刻みネギがパラパラとトッピングされており、仕上げに醤油をさっとひとかけ。
まあ、あれだ。 バニラアイス用の醤油がある昨今、驚くほどの味ではない。
しかし、なかなか美味い。
ペロペロと「釜あげソフトクリーム」を平らげた後は、夕食である。
まだ夕方前で、今のうちに店を決めておきたい。 一軒は候補があったが、それ以外にガッツリと食える店がないか探しはじめる。
しかし、わたしは驚愕の事実を間もなく知らされることとなったのである。
「あのう、ガッツリ腹を満たせるようなのが食べられるお店は、この辺りにありませんか?」
車に荷物を積んでる最中の地元の男性に、尋ねてみる。
「ないですねぇ。うどん屋さんしか」 「観光客向けの店ではなくてよいのですが。こう、空きっ腹を満たすような、ご飯ものとか」
ふう、とひと息つくと男性は言ったのである。
「僕らは、普通に、腹がへったらうどんを食べて満たしてきましたからね。それ以外と言われても」
部活帰りの空腹とかもですか? ええ、大体は。
恐るべし「うどん県」 環境がそうであれば、それに順応するのは当然である。
そして紹介されたのは、ホテルでもガイドブックでも紹介された「骨付き鳥」の店であった。
ざっくりいえば、鳥ももの丸焼きである。
「うどん以外の名物として、最近特に盛り上げようとしてるんですよ」
とはいえ、こんぴらさん近辺には店が一軒しかなかった。 であるから、きっと混むだろうと他の店を探してみていたのである。
店は夕方からで、まだ時間がある。 アーケードの商店街に戻り、最初に見つけた中華屋の営業時間を確かめ、他にもないか、琴電の駅の方を偵察に向かったのである。
川沿いの明らかに裏道のような細道を抜けて近道しようとすると、向こうからワイワイと歩いてくる一団があったのである。
「あっ!」
その声に顔を上げると、拝殿で写真を撮ってやった、三人組である。 さらに声をあげたのは、くだんの彼であった。
「お、おう」 「ナイス・ハット!」 「な、な、ないす、はっと」
ハイタッチを迫られ、おざなりに手を合わす。
いったいなんなのだ、この若者は。
いぇーい、と一回転して舞い踊る彼の後ろで、ほかの二人は「ど、どうも」とたたずんでいる。
「先輩も、行くんすか!」
このこのぉ、と肘でつっついてくると、二人が慌ててまた、両側から羽交い締めにして連行しようとする。
「じゃ、失礼しまぁす」
彼は二人の手を鮮やかに振りほどいて軽快に逃れ、そして二人はすぐさまそれを追いかける。 その前に、ちゃんとペコリとわたしに会釈を忘れずに、である。
まるで児童図書に出てきそうな三人組である。
彼が言った「先輩も、行くんすか?」とは、まさか、なかなかな美味くてガッツリ食える穴場の店でも行ってきたところだったのだろうか。
「骨付き鳥」の店に予約を入れてしまったが、もしもそうならば。
日も落ちて、川面に提灯の電灯がゆらゆらザワザワと揺れている。
わたしは足を速める。 するとすぐ、怪しげな看板を掲げた建物の前に出たのである。
それは、いわゆる「特殊浴場施設」であった。
わたしは予想外のものに出会して驚いてしまった。
まさか、こんなとこに。
そして彼の言葉が、脳裏に瞬時に浮かび上がってきた。
「先輩「も」、行くんすか?」
はっはっはっ。 そうか、そうだったのか。 青年の「若さ」とはまさにこの醍醐味をいうのだろうか。
わたしはひとり、ケラケラ笑い転げてしまった。 それはそれは、バツが悪いはずだ。 彼とは違って、二人がそそくさと去っていったのもわかる。
穴場の飯屋があるかもしれないという期待は気持ちよく諦め、わたしは予定通り「骨付き鳥」をかぶりつくことにしたのである。
「骨付き鳥」に「鳥めし」で、なかなか満足な食事であった。
しかし、「うどんに次ぐ名物」には、まだ足りない。 注文から卓に出るまで、時間がかかる。 ちゃんと注文を受けてから焼く丁寧さはわかるが、それでは回転が悪くなってしまう。
もう少し、設備など調理法の改善が必要だろう。
ともあれ。
個人的には、なかなか好きな部類の料理である。
明日は愛媛の松山、道後温泉へ。
いよいよ旅の終着点である。
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