お母さんはピアノを運び出す人に頻りに話し掛けていた。玄関から出て行った時、泣きそうな顔をして何度も御辞儀をしていた。僕は使い古された布に包まれて、横向きになってるのが面白なと想った。新しい家には置く場所はないからと、僕に何の話も無く売る事に決まっていた。それも当然。今は唯の物置になっていたし。ちゃんと練習したのは最初の10年だけだったし。だから寂しさは感じない。そう決めたから。僕にはピアノの空間分の壁の白さと、15万円が残った。