昨年から追い掛け始めた作家・堀江敏幸の新刊 『河岸忘日抄』を少しずつ読んでいます。
少しずつ区切って読めるのは、章以外にも区切りが随所に 「*」で置かれているためで。
風呂の中、電車の中など日の隙間を埋めるように 読んでいく自分には嬉しい構成になっています。
(またこの本、というよりこの作家は内容自体が濃くて 凝っているので「*」ひとつ分でも充分いろいろ 堪能できるのです…)
世の小説家は皆もれなく頭のとても良い 人だろうと思うのですが、とりわけこの人は、 頭の良さが文章にまだ収まりきれていないなあ(笑) と思えるほど、どこか読み手不在といいますか、 一般の読み手のレベルに合わせようとか、そういう 気遣いの見られない…
そんな必要のないところで仕事のできる 作家さんのようで。
たとえばよく引く池澤夏樹などは、子供にも 読んでもらいたい話なら教科書の語彙程度に 使用語をとどめる、といった工夫を見事に、 一見そうと分からないほどたくみにこなされ。 逆に大人相手のエッセーでは、これでもかという 語彙の広さを見せ付けたりもして。
ああ、編集者な人だなあとそこにまた自分は 惚れてしまうわけですが…
そんな池澤氏などのタイプとは異なる人かなと思います。
堀江敏幸は「付いてきたいなら付いておいで。レベルは 落とさない、というより僕はもっと上がってゆくから」 な感じが、でもぎりぎりのところで「小賢しさ・野暮さ」に 繋がらず、(それは小賢しいとかいうレベルでなく、 本当に本物の賢さを持った人だからなのでしょう…)だから 鼻につき過ぎるとそこで読めなくなってしまう、 守備範囲の狭めな自分をして、それでもわからなくても読みたい、 全部でなくても何かを吸収したい、と思わせ 続けるのだと思います。
…とぶっちぎりに褒めておいてなんですが… それでも実際にもし、自分が奇跡でこの方に会えたなら。 きっとこんな発言をしまくり困惑させるでしょう。
「だ・か・ら、先生の内容は素敵なんですから、 もっといっぱいの人に愛されるよう、 もう少しレベルを落としたりしませんかー? わたしでも、一読ですっと理解できるよう、 歩み寄ってみませんかー?」
……これ、頭の良い先輩に会議で私が 常套句にしていた台詞のそのまんま、ですが……
頭のよい人の知恵はぜひ(噛み砕いて)フィードバック して欲しい〜とか思うのですが、 でもそのメリットは受け手にしかないのですよね。 ううむーううむむむ。
…わ、すみません、落ちのない話になってしまいました…
(関西人なので真面目な話にはどこかに落ちがないと 落ち着かな…………わわっ)
(※気づいた方はそしらぬ振りでサーフィンをどうぞ 続行してください…;)
私信:メールを再送くださったCさまへv こんにちはv再送頂いたメールを拝見して探したのですが、 最初にお送りくださったメールはこちらには 未着になっておりました…;; お手数をおかけして申し訳ございません。 ご返信は後日改めてさせてくださいませv
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