| 2005年05月29日(日) |
携帯、彼女のプランター |
子どもの頃、いつからか、 「○○に行って来ます」と親に断り、 外に出るのが苦手になっていた。
気が変わって○○に行かないかも知れない。 そうするとまるで嘘をついたことになる。
また、自分の行き先を知られるというのに どこかきゅうくつさを覚えたのかも知れない。
今も、ひとり出かけるとき、 自分がどこに居るのかをあまり知られたくなくて。
「ちょっと2時間くらい出てくるね」と それだけを告げて家を出るのが多い。
昔は、それだけではいざというとき、 家族に心配をかけたろうけれど。
今は携帯電話があるからいざとなったら 呼び出してもらうことができる。
人に心配を掛けず、ただひとりきりで居ることができる。
誰からも離れ、誰にも知られず、 好きな場所を歩きたい。
誰にも認識されず、いい意味で無視され、 無名で街を流れていたい。
ひとりの時間はそうして思い切りひとりきりを楽しみ。
誰かと居る時間は思い切りそのふたりきりを楽しみ。
もっと沢山の人といるときはまた思い切り、 わいわい賑やかな時間を楽しむ。
そのどれもが大事で大好き。 どれをもいっぱいに楽しみたい。
携帯電話は人に心配を掛けずにひとりの時間を 私にくれ。
また友人との約束をとりもち。 楽しい時間を作ってくれる。
今日、友人が携帯に送ってくれた、 プランターのまだ青いトマトの写真。 熟したらどんなに綺麗な色だろうと、 しばしなごやかな気持ちにしてくれた。
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