昨日の歌、あまりに字余りなので、ちょっと直してみた。 吹雪くなかバスターミナルへ行く我の後ろで母はうつむき歩く (市屋千鶴)
昨日も今日もいいお天気だ。 東京の冬はお天気の日が多いのが好きだ。 うちは千葉県だが、田舎の人は首都圏を「東京」と一緒くたに 呼ぶのだ。 だから、わたしは神奈川県相模原市に住んでいたときも、今の 千葉県我孫子市に住んでいても、東京の親戚なのだ。
いや、そんなことは」どうでもいいのだが、とにかく上京した わたしにとって、冬はご機嫌な毎日だった。 時々少しだけ降る雪も、また故郷を思い出させてくれる香辛料 のようなものだったし、青空の続く冬がうれしかった。
昨夜、日記をUPし終わって、スターゲイトまでいつものよう にサイトめぐりをしていると、ゆうパックが届いた。 それは、東京都日野市に住む叔母からだった。 開けてみると、なつかしい「くじら餅」が入っていた。 メッセージには、田舎の親戚から送られたものだとあった。 自分には電話しなくて良いから、時間があったら田舎に電話を するようにと書いてあった。 さっそく田舎の親戚に電話した。
いきなり訛る。 最初に電話に出たのは、従弟の長男だった。 すっかり大人の印象だ。 それから、「かあちゃん、いだが?」と言って、叔母に代って もらった。 わたし達のような東京のものが「かあちゃん」と言うときは、 叔母のことだと孫たちは分かっている。 「とうちゃん」と言えば叔父のことである。
少しの間、訛りながら叔母と話した。 おひな様にはいつも作っていた「くじら餅」だが、一番下の孫 がおひな様を倒したりしなくなるまで、おひな様そのものを飾 ることを控えていたので、作っていなかったのだと言う。 やっとおひな様を飾っておけるようになったので、今年は久し ぶりに作ったのだそうだ。 うちには一本だが、二人暮しには一本で十分だ。 それも、夫が一口も食べないうちに無くなってしまうことがな いようにしなくちゃと叔母と笑いあったが、作戦的に昨夜の内 に夫には食べさせていおいた。
これで、「くじら餅」はわたしのものだ。(爆) (「くじら餅」は、ういろうのようなゆべしのような感じ。)
明日にはもうないものと思うから僕にも一口愛をください(市屋千鶴)
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