昨日は、大地震を想定しての引き取り訓練だった。 地区全体で行うということで、小中学校一緒の訓練。 中学生と小学生がいる保護者は、中学校に先に迎えに行ってから 小学校に下の子を迎えに行くという段取り。 長い距離を歩かせるのは大きい子の方ということだ。
全国的に昨日は不安定な天気で、雷雨や突風などのおそれもあり、 竜巻注意情報も出されていた。 わたしは、透析後に直接学校に行くという方法をとったのだが、 看護師さんの中にも同じブロックに小中学生を抱える方々がいて、 こんな天気で迎えに行くのも大変ねという話を一頻りしていた。
最初はわたしももっといい天気だったらと、確かに思った。 しかしながら、こんな天気だからこそ、子ども達だけで返さなく て済むことになっていて良かったなと思い直したのだった。
なんとなく、ちょうどいい具合になるものだと考えるようにして。 なんでも、いい方に考え直せるようになったことが、この年でも 少しずつ成長しているということなのか。
今日、知人と電話で話していて、ふと思った。 自分たちは、子どもがいるから、子どもに顔向けできないような ことはすまいと、無意識に自制できているのではないか。 意志の弱い自分たちは、きっとそうでもなければ自分に甘いのか もしれないねと。
たとえ赤信号で車が全く来ていなくても、じっと待つ。 それは、子どもに信号は守りなさいと教えているからだ。 車が来なければ危険ではないと判断できる年齢ではあるが、息子 に守れと言っていることを息子が見ていないからといって親であ る自分が守らないのは良くないと思っている。
同じように、息子が思いやりの行為を他の子にしているのを見か け、その子も気づかないのでお礼を言ってもらえないとしても、 それは誰かが見ていてくれて、息子の行為にほのぼのとした気持 ちになってくれれば、いつか息子にそのあたたかい気持ちが巡り 巡ってくるのだということも考える。
「情けは人の為ならず」なのであり、「天知る地知る人ぞ知る」 なのである。
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