2005年11月14日(月) 「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」 夢枕獏 |
「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」 夢枕獏
執筆に17年かかった超大作らしい。
本文読むより何より、まずは作者の後書きから読んで頂きたい。
なに?この褒めよう。
自分の作品をこれまで褒めちぎる人を見た事がないのですが、私。
自画自賛、と前もってことわって、この作品はど傑作と言い切る。
でもね、すごいのよ。ホントに。
最初はちょろちょろと流れる小川が、方々の小川と合流して最後には轟々と音をたてて海へ流れる奔流になるわけですよ。
伏線の張り方がすごい。
いろんなところで起こる小さな出来事が、実は全部繋がっていて大きな事象に発展する。
「どうなるんだこれ」と思っていたのが「うわぁ、こう来たか」と。
読んでいてドキドキハラハラ。次はどうなるのか心配でならない。
夜な夜な読書していたのだが、キリの良いところで止められない。
おかげさんで、寝不足になった。
さて、時は遣唐使の頃、処は中国・世界の中心「長安」、話を紡ぐは留学僧・空海。
相方には、空海と並ぶ三筆の一人・橘逸勢。
この2人のやり取りは、「陰陽師」の晴明と…あ〜名前忘れた。貴族の濃い顔の人。の掛け合いを見ているかの様。
そういえば、「陰陽師」もこの作品と同じ頃に書き出したそうだ。
根っから陰陽道とか密教とか、そういうジャンルが好きな私はコロリとはまりました。
時代背景もまた宜しく、胸が高鳴る作品なのでございますよ。
ところどころに仏教の教えが散りばめられていたり、仏像が喋ったり。
そうそう、小さい説話が「今昔物語」の一編だったりして、また引き込まれた。
そういう時代なんですものねぇ、この時代は。
スキなものがゴロゴロしている話なんですよ。この作品。
あまり多くを語るとネタバレなんですが、かの有名な玄宗皇帝と楊貴妃、この話が一番深くに根付いております。
史実に基づく登場人物。これがまた物語に引き込む一因。
李白や白楽天(白居易)、阿倍仲麻呂など、古典の教科書に良く出てる人がごーろごろ。
彼らの吟じた歌がそのまま話に結びつき、「あぁ、もう!なんで高校時代にこの小説読まなかったんだろう!」と後悔。
当時ちんぷんかんぷんだった歌の一節一説が、痛い程染みてくる。
「天の原 ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出し月かも」by.阿倍仲麻呂
これなんて、母国に帰りたい阿倍仲麻呂の思いがびしびし伝わりますねぇ。
そうなんです、阿倍仲麻呂は遣唐使として唐に渡り、その後、唐の国家試験「科挙」に合格。
出世の道を昇り登って、ついには唐の皇帝…玄宗のお側近くまで使えちまったんですわ!
能力の高さが買われ、日本に帰りたいと恋いこがれつつも、叶わなかったのでございますよ。
そのつらさ、この歌に読んだっつうわけですよ。
古典の教科書、これにはポン、と載ってるだけ。
しかし、そのバックグラウンドを考えると、とっても味わい深い歌になるわけです。
多分、全ての歌はそうやって、歌人の思いを汲んでこそ、本当の意味がわかるんだろうなぁ、と感じましたよ。
それにしても、時は奈良時代…すごくはないでしょうか。
いくら才能があるからって外国人をそこまで起用する唐の政治にも驚くが、
なんといっても、その才能を持ち得た日本人…倭人が居たって言うことがすごい。
いやぁ、我が国日本もなかなかやりおりますなぁ。
東端の小国なれど、大きな器をもった人材はほらこのとおり、居たんですよ。
そういう歴史認識を教えてくれる作品でもありますねぇ、これ。
一体、私は学生時代なにを勉強していたのかと後悔する。
「受験のための勉強」だったんだなぁと思う。
こんなに面白い事学んでいたのにな…もったいない(号泣)
んで、その阿倍仲麻呂の上を行くのが、この物語の主人公、空海。
たくさんの人と会い、いろんな知識をあまさず吸収して行く様、まさに稀代の天才。
そして「密を盗みに来た」と言ってはばからぬその自身、実力。
へぇ、こんな人だったんだろうなぁ、と頷いてしまう。
唐の国で起こったこの物語、脚色なんだけど、本当に合ったかの様に思える。
楊貴妃の一連の話にしても(これを言ったらネタバレになるからなぁ…)きちんとした背景があって、誠の事と信じ込んでしまう。
すごい作家さんであります、夢枕氏。
陰陽師を読んだとき以上。あれは短編で成り立ってて、一つ一つが小気味よい作品でありましたが、この「沙門空海」…長編も長編。
しかし、その長さの分、面白さは倍加。
実在の人物、そして夢枕氏の作った人物。
両方本当にこの時代に生きていたとしか思えませんわ。
それだけ写実見溢れて止まらない。
フィクションなのに、なんせ昔の事ですから、そしてなんでも有り〜の時代のことですから、「本当に合った事なんでしょ?」と思い違いをしそうだ。
というか、私はこの作品を史実と認めても良いと思う。
これが率直な感想ですな。
内容に関してはほとんど語らぬ感想でありますが、これは是非、読んで頂きたいが故。
ご自分の眼でお確かめ有れ、稀代の世界人・空海の生き様を。