Seakの日記
日々感じたことを書き留めていこうと思っています。

2003年08月18日(月) 自宅の日記

最近、大学で日記を書くことが多かった。自宅で書くのはなんだか久しぶりだ。自宅での時間はひどく貴重に感じて、大学でもできることはなるべく大学でやってしまおうと思っているのだ。本来ならば逆なのかも知れないが…。

今使っているキーボードは、何度か書いたがバイト先でもらってきたものだ。結構使いやすいのだが、研究室のPCよりは劣る。同じように叩いているつもりでも明らかに大学でやった方が速い。キーボードを変えるだけでそこまで違うのかと思うくらいに違いを感じる。ただこのキーボード、触り心地だとかはいいのだが、英語キーボードだからアメリカ人向けのサイズなのか、少々大きすぎる。だから遠いキーを叩くのが少し大変だ。まあ、小指や薬指も使ってキーを叩けばそれでいいという話ではあるのだが。

前もそうだったのだが、相変わらず研究室の同級生と話が弾む。今日は主にHTMLの論議だった。特に相手にとっては研究に直結する話だから無駄ではないと思うのだが、それでも、あまりそんなことばかりしているわけには行かないと思う。もちろん、ずっとしゃべっていたわけではないのだが…。最近、ようやくペースが上がってきて、先がまったく見えず、これからどうしていいのかもまったく分からないと言う状態からは抜けられそうな感じがしてきた。しかし、自分がいいと思っていても教授が納得しなければ意味がないのは変わっていない。この教授の場合、内容をあまり深く見ずに判断を下すから、内容を練り上げるよりも表現を工夫する方が大事になってくるだろう。

このように書くと本質的でない議論をしているようだが、僕は、表現や見た目の問題も重要だと思う。物事の核となる部分は重要になることが多いが、だからと言って、枝葉の部分がどうでもいいかと言えばそうではない。特に社会に出れば、仕事はきわめて短時間のうちに評価されることになるだろう。となると、内容を練り上げるよりも、むしろその内容を簡潔に伝えるほうが重要になることもあり得る。完全なシステムは大学の研究者がやればいいのであって、企業のやることではない。企業がやるのは、経済的な制約下で、もっとも低コストで高い効果を生み出す方法だ。例え内容が充実していても、理解するのに時間がかかるようでは使い勝手が悪く、時間的なコストが多くかかってしまう。

自分で言うのも変だが、この日記は読む気がしないのではなかろうか。それは、内容以前の問題である。これだけページいっぱいに字が広がっていたら、よほどいいディスプレイを持っていない限り、ジッと見る気にはなれないはずだ。スタイルシートで行間を空けたり文字の間隔を空けたりという調節はしているが、おそらくあまり効果を発揮していないだろう。それはなぜか。そう、見た目が問題なのだ。多くの企業のWebページは、HTMLの標準を無視してインターネットエクスプローラだけできちんと見られるように設計されている。それは、そうすることで見る側にきわめて見やすいページを提供できるからだ。人間の理解力には限界があり、特に最近は情報過多で、情報を取得するのにみんな苦しんでいる。だから、手に入りやすい情報は価値が高いのだ。そして、そのような情報の加工に効果的な一手段が、見やすくすることなのだ。だから、表現を工夫することも重要なのだ。

やはり自宅で書いていても調子がいいようだ。体調そのものがよくなったのか、前に書いたように髪を切ったことで視界をさえぎるものがなくなり、集中できるようになったのか…。髪のせいだとしたら、今まで無駄な苦労をしてきたことになる…。


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