図書館で調べ物をしているとき、パラサイト・シングルの時代という本を見つけた。ちょっと読んでみたのだが、だいぶのめりこんでしまった。正直、構成があまりうまくなくて、書いてあることが分かりづらい部分もあったのだが…。
パラサイト・シングルというのは、社会人のくせして親元にいる人を指す。人によって分かれるようだが、男女両方を指す場合が多いようだ。パラサイトというのは寄生のことだ。シングルとは、ここでは独身者という意味である。だから、寄生する独身者ということになる。誰に寄生しているのかといえば、親である。親の家にそのまま住んでいるから、家はいらない。食事も基本的に親に依存できる。衣食住のうち必要なのは衣くらいである。これだって趣味の問題だから、本当に最低限の服装でいいのなら、親に買い与えられた服を着ていても問題はないわけだ。さすがにそんな人はほとんどいないだろうが。つまり、自分で収入を得ている上に、生活の基本的なコストを負わない。だから、自分で自由に使えるお金が多いのだ。これは、この本の著者によれば貴族に類似しているのだそうだ。
で、このパラサイト・シングルはいくつかの問題を抱えている。まず、パラサイト・シングルは相対的に見て、自分の生活に満足している場合が多い。自由に使えるお金が多くて、家事をしなくて済むから自由に使える時間も多い。一人暮らしと比べれば、両親の家のほうが環境的にもよい場合が多いだろう。第一、人間は人とコミュニケーションする動物なのだから一人でないこと自体が満足につながる。
生活に満足していることの何が問題なのか。それは、生活を変える気力を失うことである。この点が、僕がパラサイト・シングルに興味を抱いたきっかけである。今の生活に満足していれば、それをあえて変える必然性が失われるのだ。結婚もしないし、独立もしない。収入を多く稼ぐ必要がないから出世しようとも思わない。結婚をしないということは、夫婦の数が減って少子化が進むということだ。独立をしないということは、世帯数が減って生活必需品などの消費が減るということだ。出世しようと思わないということは、意欲のある社会人が減るということだ。さらに、若者が変化を望まないことで社会全体が停滞するという問題もある。
そして、パラサイト・シングル本人にとっての問題として、そんな生活がいつまでも続くわけではないということが挙げられる。両親に基礎的な生活基盤を依存している以上、両親に収入がなくなればその生活は破綻する。このときに、自分一人でやっていけるのかという問題が生じてくるのだ。
問題があるなら対策を考えるべきだろう。しかし、これが難しい。そこで問題の原因を考えてみる。原因は、パラサイト・シングルが現在の生活に満足していることだ。将来の見通しがないにもかかわらず、変化することで相対的に自分の満足度が低下するから、その生活から抜けられないのだ。だから、パラサイト・シングルの満足度を低下させ、一人暮らしや夫婦の生活の満足度を上げることが対策となりうる。税金を取るとか、そこまでしないとしても控除を止めるとか、政策的な方法が考えられる。
とまあ、内容としてはこんな感じだ。これ以外にも、両親の生活に依存するのだから、両親の生活水準が、ダイレクトにパラサイト・シングルの生活に影響することになる。したがって、両親が裕福なほどパラサイト・シングルの生活も裕福になるという問題もあるようだ。
で、生活を変える気力が失われているのは、まさに今の僕の状態を指している。就職すれば生活がこれまでより悪くなるのは疑いようがない。年功序列なんてもはや風前の灯なのだから、未来に希望は持てない。これで未来を何とかしようなんて、僕には思えない。パラサイト・シングルと僕自身が重なると感じるのだ。今の世の中は、両親のもとを離れて自分ひとりで生活するという判断は合理的でないのだ。最も合理的な判断は、両親の収入が途絶えるまで両親のところにいて、両親の収入が途絶えたところで独立することだ。世の中、間違ってはいないだろうか。もちろん、不条理は山のようにあるが、この問題に関しては、対策できないことはないはずなのだ。
貴族の生活か。確かに、一部の若者の生活は、まさに貴族そのものかもしれない。すべての生活を親に依存して、自分は1日中好きなことをできるのだから。すべての人間がそうやって生活できるのが理想なのだろうが、きっと、それは不可能なのだろう。貴族の生活が幸せなのか。人それぞれに結論は違うのだろうが、僕は、それも1つの幸せの形なのだと思う。少なくとも、少なくない人が追い求める理想の形ではないだろうか。そこから抜け出すのが困難なのは、きわめてよく理解できる。それ以上の夢など具現化のしようもない。上昇志向もほどほどでないとやっていられないのだ。すでに幸せな生活を満喫した人間が意欲を失うのは、このように考えると、きわめて自然なことのように思える。
若いうちから理想の生活を経験できる社会がいけないのだろうか。そんな環境を提供する親が悪いのだろうか。そんな環境に浸かっているパラサイト・シングルが悪いのだろうか。それとも、そもそもパラサイト・シングルの問題が悪いとは言えないのだろうか。パラサイト・シングルの観点から考えると、定年退職後に理想の生活をできるのがよいのかもしれない。しかし、若いからこそできることもある。何が正しいのかは、結局のところ一概に言えないのだろうか。