| 2003年10月04日(土) |
愚痴日記(クライよ。。) |
今日「鑑識の神様」見ました。 当たり前ですが、まだ骨折していない中居くん。 ビジュアルが素晴らしかったです。さすが美人度90%!(くらいでしたよね?) もっといろいろやりたいこともあるのですが、眠くて起きていられません。スマステまで起きていられるでしょうか?
毎日クタクタで、よく眠れるようになったのはいいのですが、まだ充実した毎日とはいえないと思います。でも、怖いことに開き直ったりしている自分がいたりして。
なんか、つい将来のことを悲観的に考えてしまうんですよね。特に無職だった時は、当たり前だけど、お金はどこからも湧いてこないから、できるだけ使わないようにしようと切り詰めると、家から1歩も出なかったりするんですよ。すると当然のごとく、どんどん悲観的になっていっちゃって。 昔のこととかも思い出したりして、悪循環ですよね。
私は自分のうちが他のうちと違うってことにずいぶん気付かなくて、気付き始めた高校くらいのときは、必死で隠してました。誰にも言えなかったし、友達も全然気付かなかったみたいです。 でも今になってみれば、「そう言えば…」なんて友達も言ってるし、私の同じ話を何度も聞いてくれて、「大変だったね」とか言ってくれるし。 でもやっぱり「なんで親のことそんなふうに言うの?」みたいに言う人もいて、それも聞かなきゃいけないことだな、とも思います。 なにが正しいかわからないしね。 でも、心の支えが無いっていうのは、やっぱり不安定になってしまいます。”こんなことを人は思わないのか”と気付いて愕然としたこともあるし。幸せそうにしている人が憎らしく思えたりもするし。 でもそこに至るまでにはやっぱり努力してきてるんですよね、きっと。そしてなにもかも揃っているように見えても、悩んでる人もいるし。 「甘えでしかないんだよ」とか「悩めばそこから成長できる」とか、ポジティブに考えていきたいですね。
あー、つらつらまた愚痴ですみません。。でも、剛にずいぶん助けられています。剛も本当にいろいろあったと思うんですよ。 剛の昔の雑誌の記事で、「ハワイのダイアモンドヘッドで丸い地平線を見たとき、自分の悩みはなんてちっぽけなものなんだと思った」と、あって。それを読んで涙が出ました。 美しい風景を見て思い出す悩みが決してちっぽけなはずがない! 幸せだったらそこで悩みのことなんか思い出さないでしょう? そのころまだ10代か20代前半の剛のことを思うと、胸が痛いです。
でも努力してここまできた。ジーニストもハングル映画も「黄泉がえり」も「僕の生きる道」も。 そしてそれを「みなさんのおかげ」と心から言い切っているところがまた素晴らしいと思うのです。 剛になりたいな。剛のことが100%好きな私は、剛みたいな人になりたいと思ったりもしてるわけです。あ、だから夢でよく剛になるのか!
でも、恐れ多い望みだわ。。できることはまずビジュアルかしら? でもあんなに美しくはなれないわ(マジ)。
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