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■ 無知は罪
フェラーリがフロントロー独占。
ついに開幕のF1。 おやつをどっさり買い込んで お酒もスタンバイでTVの前に坐る。 とりあえずは旧車だけど やっぱり赤い車が一番キレイ。
新しい予選は一発アタックだから ものすごい集中力は必要だけど TVで見てる側には だんだん上がっていくタイムとか 終了間際の大逆転スーパーラップとか いまいちドラマが少ない様に思う。 予選の駆け引きって 結構好きだったので寂しい。
今日は代打日勤。 ある患者さんにセデーションが始まってた。 LKのエンドステージで でっかくて数も多い肝・腹部リンパ節メタ。 痛みがあるのと、もともと精神的には とっても弱い患者さんで 「苦痛緩和のために」と家族の了解をとって ドルミカムの持続静注。 それまでに使ってた痛み止めは デュロテップ2.5�咾汎嵳僂離▲鵐撻奪�20�咫�
たったそんだけの薬しか使ってないのに 「苦痛が取れないから」って寝かせるか? 精神的に弱くて誰かが一緒にいれば それで落ち着く時もある。 でも家族はそれをする気が無い。 その家族に、「側にいてあげて欲しい」 というアプローチはしてない。 だいたい、精神的苦痛は セデーションの対象にはならない。
おまけに家族には 痛み止めの薬の知識がないから 今以上薬を増やすと言う方法も知らず 現状で出来る事は全てだと思うから 医療者が提案したセデーションを あっさり受け入れてる。
患者はしっかり鎮静がかかってるから 痰だらけの口の中をいじりまわしても びくとも反応がない。 夜はしっかり寝たらいいけど 昼間にこのディープなセデーション? セデーションに至るまでの アプローチにまだまだ何か 出来た事はあるんじゃないかと思うから 努力をせずに寝かせて 「黙らせてしまった」みたいに思える。
こないだの去痰困難の患者さんもそうだった。 たいした苦痛緩和の知識がないから すぐに諦めて安易なセデーションに走る。 もっといろんな方法を試して 少しでも楽に意識のある時間を作り出したい。 そうすれば家族との会話とか 最期の日々をもっと有意義に過ごせるはず。 セデーションがかかってしまえば 意思表示はできなくなる。
それは人間の尊厳を奪ってる。
2003年03月08日(土)
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