この齢になって、秋が一番好きだ。 乾いた空気で肌をすり抜ける秋風。 なんとなく哀愁を誘う夕暮れ。 公園には木々の葉が色づきはじめる。
今日も家族で近所の公園(規模は大きい) に出かけた。 習志野は、東京のベットタウンで我が家 のような、小さな子供づれが多くみられた。
平和で和やかな一日だった。
さて、今週は、火曜日に丸の内にて診察。 水曜日より土曜日まで鎌倉の実家にて過ごす予定。 その翌週は、箱根の小湧園へシングル3000円 の部屋に4泊。
16日からは未定。 できれば何もしなくても癒されるような 風光明媚なところか、 思いっきり都心の高級ホテルで気侭に過ごす予定。
私の大叔父「古沢平作」についてちょっと調べた。 先日の日記に記した通り、日本の精神医学の草分け だが、必ず門下生に読ませていた本があったらしい。 その名も「南無阿弥陀仏」(柳宗悦著)。
さっそく、アマゾンで検索し取り寄せた。 仏教の入門書らしい。 結局、自分はどうも、生きていくうえで 大儀名文が欲しいのだろう。 男子たるもの、世に出て一旗上げる・・みたいな 気負いがあるのだ。
うちの妻は哲学的な話は全く興味ない。 日々の生活の中で満足し、完結している。 一方、自分は何かに縋るように、生活や 人生の「意義」を求めている。 それが無いと、活動できないのだ。
そんなものなどどうでもいいことなのかも しれない。大宇宙の中の生物として ほんの短い人生を与えられ、花が咲いて 散るように、何の意味もないが、単純に 生命力を発揮して生を終える。
そういう大きな流れのなかでは 私の人生なんてチッポケだし、 成功・名誉・財産・なんてものは 虚像かもしれんな。
人生は、意志と選択で変えることができる。 なんて言葉は、ある意味傲慢な考えで、 他力本願とは違った意味で、人生なんて 神様が導いていて、知らず知らずの必然 のなかでしか生きていけないのかも。
生きているようで、生かされている。 選んでいるようで、選ばされている。 自分の力で物事が変わっているように 思えるが、実はそれは必然の流れで 自分はたまたまその役割を果たす役目 を担っただけであったり・・・
何だか難しいことを考えたら 疲れたので今日はこれにておしまい!
12月に東京ブルーノートにTAKE6が やってきます。最も人気のあるライブ です。チケットを必ず入手しよう。 前回は会社の人間で4人で行った。
アカペラの旋律の美しさは世界一。 そうそう、叶姉妹がすぐそばで 謎の外人と来てたな。 グラミー賞をいくつも獲っている 超人気アーティストです。
一緒に行く人募集!
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