Tonight 今夜の気分
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2007年05月05日(土) 理屈じゃないのよ憲法は



「 日本は偉大な国だ。

  そろそろ、それにふさわしい行動をとっていい頃だ 」

            ジョン・C・ダンフォース ( アメリカ上院貿易小委員長 )

Japan is a great nation.
It should begin to act like one.

                               John C. Danforth



今から60年前、戦勝国は日本に 「 何もするな 」 と命じた。

以来、日本人の多くは 「 何もしない 」 ことを善しと考えるようになった。


昭和20年代の文献を読むと、新生日本国憲法の制定を、当時の日本人が満場一致で受けいれたのではない事実が、あちこちに記されている。

なぜ 「 いま、憲法を変えなきゃならないのか 」 という問題より前に、なぜ 「 このような憲法を日本は受けいれたのか 」 を知ることが大事だろう。

この憲法が、平和を愛し、民主主義を尊び、あくまで国民主権で、すべての国民の人権を守ろうとする、素晴らしい憲法であることは間違いない。

ただ、内容の一部に 「 日本人らしからぬ憲法 」 だと言わざるをえない点があって、日本人の美学、哲学、古来よりの価値観に、どうも相容れない。

いま私が感じる違和感と、昭和20年代、この憲法に反対し続けた人々の懸念は、偶然なのか必然なのか同じ問題において、ほぼ一致している。


ごく簡単に言うと、この憲法には日本人の魂とされる 「 武士道 」 の精神が抜けているので、大筋は理解できるが、どうも納得できない点があるのだ。

前回も書いたが、特急列車の中で強姦されている婦女子を横目に傍観して、平和主義、非暴力主義を貫くのが、日本男児の本懐ではないだろう。

たとえ我が身に危険が及んでも、悪い奴は徹底的に叩きのめすべきだし、その過程で同盟国と協力し合うのも、正義が目的なら当然の話だ。

ただ、終戦から時間の経っていない昭和20年代、日本が人並みの防衛権や交戦権を要求できたはずもなく、武士道は置き去られたのである。

いまは、集団的自衛権がどうとか、違憲行為だからどうとか、世界の紛争に巻き込まれない理屈をこねる前に、少しは他人の役に立つことも考えたい。


憲法改正と言えば、すぐさま 「 軍靴の響きが聞こえる 」 などと軍国主義に回帰するような表現をされる方もいるが、現代の日本では在り得ない。

けして、好戦的な国にしようとか、他国を侵略しようということではなく、誇り高く、自分も、周囲も、本当の意味で “ 自衛 ” していたいのである。

仮に、今よりも戦争のリスクが高まったり、流れ弾で死ぬ危険が増えたとしても、「 卑怯者 」 として長生きするよりはマシであろう。

会社をズル休みしてパソコンに語るしか能のない 「 鬱病オヤジ 」 や、強姦魔に立ち向かえない臆病者の 「 身の安全 」 が、それほど大事なのか。

大体、ちょっと嫌なことがあれば 「 自殺しちゃおかな 」 なんて口にする馬鹿が、平和と安全なんて話をしても、まったく説得力など無いのである。


と、まぁ… 「 憲法論議 」 になると少し熱くなってしまうのも仕方ないのだが、そろそろ日本人も 「 平和と安全 」 一辺倒ではどうかと思う。

少しは危ない目に遭っても、自分たちの力で身を守ったり、弱い奴を庇ったり、悪い奴をやっつけたり、そういうことも必要なんじゃないだろうか。

とにかく、しつこいようだが、私は先日の 「 特急列車内で衆人看視のもと、女性が強姦された事件 」 を聞き、現憲法のデメリットを痛感した次第だ。

こんな事件が起きたのは、「 何もしないことが善 」 とする現憲法の悪しき面でもあり、「 武士道精神はどこへ消えたのか 」 と嘆くより他に無い。

改憲により、「 戦争ができる国 」 にしたいのではなく、日本人が一人前の名誉や、自尊心や、羞恥心や、侍の魂を取り戻せるように、私は願う。






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