| 2007年06月10日(日) |
年金問題 : 反省より対策を参院選の争点に |
「 過去に興味はない。 未来に興味がある。
なぜなら、そこで残りの人生を過ごすことになるからだ 」
チャールズ・F・ケタリング ( アメリカの発明家 )
I am not interested in the past. I am interested in the future, for that is where I expect to spend the rest of my life.
Charles F. Kettering
前向きに生きることは、簡単にいうと 「 前をみて歩くこと 」 である。
後ろを振り返ってばかりだと、電柱にぶつかったり、足元の小石にさえ躓く。
そんなこと 「 誰でもわかっている 」 と仰るかもしれないが、その道理を理解するためには、いくつかの前提条件というものがある。
それは、「 �� 先の人生を有意義に過ごしたい 」、「 �� 健康で楽しく長生きしたい 」、「 �� 未来に希望を持ちたい 」 などの意思があることだ。
精神がマトモな人からみれば、それも 「 誰でも同じだろ 」 と指摘されそうな事柄だが、いやいや、それが一律ではないのが今の時代なのである。
日本では、年間3万2千人以上の自殺者があり、特別な事例を除くと、大半は死ぬほど深刻な事情などなく、単に自らの命を粗末にしているだけだ。
それ以外にも、日頃から怠惰で投げやりな言動の多い 「 自殺予備軍 」 が膨大に潜在することを数えれば、どこにも 「 万人に通じる常識 」 などない。
自殺の動機に 「 責任をとるため 」 という理由を挙げる人がいて、たとえば最近では 松岡 厚労相 などが、「 ケジメ 」 として自殺を選択している。
すべてを放り出して自殺してしまう人間に対して、「 無責任だ 」 と思うのか、「 責任感の強い人だったね 」 と思うかは、人によって評価が分かれる。
これは、責任の対象を 「 過去に起きた問題の清算 」 との観点でみれば、けして正しくはないけれど、ある種、責任のとり方だと捉えられなくもない。
逆に、過去よりも 「 未来に起きる問題への対処 」 が重要と考える人たちからみれば、卑劣で、無責任で、自分勝手な 「 現実逃避 」 に思える。
自殺するか、現実に向き合うかの違いは、過去にこだわるか、未来に対処するかの違いであり、それがすなわち 「 前向きか、後ろ向きか 」 の差だ。
社会保険庁のずさんな管理について、世論は自民党にとって逆風となっているが、それでも次の参院選は 「 年金問題 」 を争点にすべきだろう。
ただし、それは 「 過去の責任 」 を追求することでなく、今後の対処方法について与野党が示す政策に絞って、有権者は吟味することが望ましい。
オツムの弱い人、考えの浅い人は、年金問題を現職内閣のせいにしようとするが、ご存知の通りこの問題は、長年に亘って累積されてきたものだ。
その間には、現在、民主党に属する議員も関与しているし、どの政党がよくて、どの政党だから悪かったという 「 過去の検証 」 などできない。
とりあえず現職に責任をとらせようとする 「 後ろ向きの意見 」 など捨てて、これからどの党に問題解決を期待するか、建設的に考えることが重要だ。
企業の会議でも同じだが、後ろ向きの人間、問題解決能力の低い人間は、いまさらどうしようもない 「 過去の問題 」 にばかり焦点を当てて批難する。
それこそが、自暴自棄に生きていたり、他人に甘えるばかりで解決能力を持たない人間であることを示す サイン であり、役に立たない証拠である。
参院選まで時間はあるが、いまのところ野党から 「 これは良い 」 と思える年金問題の解決案は出されておらず、与党への攻撃に終始している。
他人のアラ探しぐらいしか取り柄のない野党と、後ろ向きな人間の意見が 「 現内閣への批判 」 で一致することが多いのも、そのような事情からだ。
誰に期待しようが有権者の自由だけれど、この状況で 「 与党がダメだったから野党に 」 という流れができてしまうのには、一抹の不安を感じる。
|