「 不誠実であることは、一時的な利益と引き換えに
永遠の価値を放棄することだ 」
クリスチャン・N・ボヴィー ( アメリカの弁護士、作家 )
Dishonesty is forsaking the permanent for temporary advantage.
Christian N. Bovee
よく、「 相手の身になって考える 」 ことが、正しい判断の指針と諭される。
たしかに正論だが、時にそれは、口で言うほど簡単な作業でない。
たとえば、失恋で悩む友人に対して、相手の身になり励ましの言葉をかけることは、わりと多くの人が実行できるだろう。
それは、多かれ少なかれ、似たような経験を持つ人が大半を占めているので、自らの体験を振り返ることにより、相手の心情を理解できるからだ。
逆に、あまり普通は遭遇しない 「 特殊な体験 」 をした人に対して、彼らの置かれた立場、悩み、痛みなどを、すべて完璧に把握することは難しい。
一人でサイバーテロ集団に立ち向かう マクレーン刑事 ( ダイハード4 ) の心情なんてのは、多少の想像はできても、完璧な理解には程遠いはずだ。
それは極端な例かもしれないが、世の中には想像を絶する苦境に遭遇する人がいて、周囲の理解を必要としているけれど、なかなか上手くいかない。
数年前、マスコミ に勤める友人に呼びかけられ、「 犯罪被害者の会 」 の シンポジウム に参加したことがある。
会員は、犯罪被害者、またはその遺族、近親者にかぎられており、当日は 「 山口県母子殺害事件 」 の遺族である 本村 洋 氏 も参加されていた。
事件の詳細については、ここで解説するまでもなく各種報道でご承知の通りだが、ご本人の口から目の前で拝聴すると、胸のつまる思いである。
他にも多くの事件、それによって多大な被害に苦しまれている方々の実態が紹介され、少年法の是非や、法改正などに様々な意見が提起された。
進行役は 読売テレビ の 辛坊 治郎 アナウンサー、パネリスト には 脚本家 の 市川 森一 氏 らが参加され、俳優 田中 健 氏 の再現劇 も上演された。
この 「 会 」 の会長は 岡村 勲 氏 だが、氏は弁護士生活38年目にして、仕事上で氏を逆恨みした男により夫人を殺害され、被害者遺族となった。
弁護士という仕事柄、裁かれる加害者の権利を守ることに奔走することの多かった氏は、事件により初めて被害者側の立場に立たされたのである。
ここで氏は、加害者の人権を守る法律は、憲法をはじめ詳細に整備されているのに、被害者の権利を守る法律がどこにもないことに気づく。
加害者は、逮捕された日から、食費、医療費、光熱費、生活費のすべてを国費で賄われるのに、被害者はすべて自己負担というのも矛盾している。
そうした体験から、数人の犯罪被害者と話し合い 「 犯罪被害者の会 」 を設立し、被害者の権利保護と、被害回復に尽力されてきた。
最近、ようやく被害者保護が巷の話題となり、保護三法の制定や、少年法の一部改正なども行われてきたが、この会の果たした功績は大きい。
犯罪は社会から生まれ、誰もが被害者になる可能性がある以上、被害者の権利を認め、支援するのは社会の義務であるという主旨も大賛成だ。
ただ、一つだけ 「 しっくりこない 」 のは、元弁護士であった 岡村 会長 の 「 被害者の立場になって考えが変わった 」 という論旨である。
人が人を裁くうえで、すべて情緒的な部分を排除することは難しいけれど、法律には客観的な指針が必要で、主観が入りこむことを善しとはしない。
でなければ、同じような事案でも、バラバラ の判決が下されてしまう危険があり、「 法の下の平等 」 が維持できなくなる怖れが生じるだろう。
弁護士バッジ には、ひまわりの花弁の中央に 「 天秤 」 の図柄が配され、ひまわりは正義と自由を、天秤には公正と平等が象徴されている。
最近、「 山口県母子殺害事件 」 の差し戻し審で、どうにも不可解な弁護団の答弁に対して、世間の憤りが集中しているように思う。
たしかに、被害者の心情を思う上で 「 やりきれない憤り 」 を私も感じるが、あくまでも客観的な 「 正義と自由に対する、公正と平等 」 を求めたい。
極刑を求める気持ちは被害者と同じだが、それは、被害者の無念を救済する理由でなく、正当な請求として加害者が負う処罰であることが望ましい。
そして、裁判の結果とは別に、今回の弁護団が行った活動について、それが正義なのか、公正かつ平等だったのか、厳正な審議が必要と感じる。
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