| 2007年09月05日(水) |
店長の ツボ を押した万引き犯 |
「 俺は、朝のナパーム弾の匂いが好きだ 」
映画 『 地獄の黙示録 』 より
I love the smell of napalm in the morning.
From “ Apocalypse Now ”
ナパーム弾は、広い範囲を高温で焼き尽くし、死体も残らない。
残酷で非人道的との批判から、現在のアメリカ軍では保有していない。
往年の音楽ファンには懐かしい、日本でも大ヒットした 「 雨を見たかい 」 という クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル ( CCR ) の名曲がある。
原題は 「 Have you ever seen the rain? ( あなたは雨を見たことがありますか? ) 」 だが、日常会話における 「 質問 」 として考えると不自然だ。
ここでいう 「 the rain 」 とは、ナパーム弾を指した暗喩で、当時、泥沼化していたベトナム戦争に対する批判と、反戦の願いが込められている。
子供だった私は、そのような意図など露も知らなかったが、ベトナム戦争でナパーム弾が森を焼き尽くす脅威は、ニュース映像で捉えていた。
自分が生まれる前に終結した太平洋戦争と違い、ベトナム戦争は、「 いま、こうしている間に起きている現実 」 として、子供心に記憶されたのである。
ベトナム戦争を描いた映画は多いけれど、やはり代表作として思い浮かぶのは、フランシス・F・コッポラ の 『 地獄の黙示録 ( 1979 米 ) 』 だろう。
マーロン・ブランド をはじめとして、多彩な俳優陣が顔を揃えたが、劇中で最も印象的だったのは、キルゴア中佐役の ロバート・デュバル だった。
キルゴア という役名は、「 kill ( 殺す ) 」 + 「 gore ( 血糊 ) 」 のイメージから創出されたらしいが、文字通りに残忍な役どころである。
ベトコンの拠点となっている地域の海でサーフィンをしたいため、キルゴア は近くの村への爆撃を計画し、ナパーム弾を撒き散らし、機銃を掃射する。
冒頭の台詞は、爆撃が終わった後に呟いたものだが、まるで一遍の詩でも読み上げるように語ることで、さらに残忍さが凄みを増している。
反戦的な映画の大部分が、戦争の狂気を強調したいがための手法として、「 普段は大人しい善人が、戦地では残忍になる 」 という逸話を挿入する。
だが、ひょっとすると、もともと誰にでも残忍な一面があり、平時には潜在化していたものが、極限状態において目覚めるのではないかとも考えられる。
千葉県船橋市のスーパーで、店長が、売り場にいた男性客に 「 万引きをしたのではないか 」 と問い詰め、暴行を加えて死亡させる事件が起きた。
死因は 「 出血性ショック死 」 ということだが、56歳の男性に対して、絶命するまで殴り、蹴るとは、「 懲らしめ 」 にしても度を過ぎている。
愛想の良さが売り物の接客業で、戦争も起きてないのに加害者を 「 残忍に駆り立てたもの 」 は、一体なんだったのだろうかと不思議に思う。
たとえば休日に彼女とテレビを観て過ごしているとき、クス とも笑えないような 『 笑点 』 の大喜利で、彼女が ケタケタ と大笑いをする。
こちらとしては、そんな 「 化石のような ギャグ 」 で笑えるのならと、数十倍は面白いであろう、秘蔵の 「 笑える DVD 」 などを貸してあげる。
ところが、それを観た彼女の感想が 「 つまんなーい 」 なんてこともよくある話で、これは人によって 「 笑いの ツボ 」 が違うために起きる現象である。
それと同じように、人によって 「 怒りの ツボ 」 とか、「 残虐性を刺激する ツボ 」 というものが、それぞれ異なるのではないだろうか。
他人からみると 「 たかが万引き 」 でも、この店長には、ナパーム弾を撒き散らしたくなるほどの 「 ツボ 」 に触れる行為なのかもしれない。
ちなみに、喧嘩の弱い人や、慣れていない人や、腕力に自信のない人は、できるかぎり争いごとに参加しないほうが望ましいと思う。
ある程度の経験や余裕がないと、どこまで痛めつけるべきかがわからず、下手をすると、喧嘩には勝っても、死に至らしめてしまう危険がある。
自分が 「 被害者にも、加害者にもならない 」 よう、慣れていない御仁は、せいぜい警察に通報する程度に留めておかれたほうがよい。
私のベッドから手が届く位置には、木製のバットを常に置いてあり、不法に侵入する輩が現われたら、死なない程度に 「 おしおき 」 する所存だ。
普段は間延びした温厚な性格だが、招待状のない来客者には 「 ツボ 」 を刺激され、いつでも 「 キルゴア化 」 するので要注意。
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