Tonight 今夜の気分
去るものは追わず、来るものは少し選んで …

2007年10月27日(土) 日本人の 「 変 」 な問題意識



「 我々はあまりにも多くの壁を造るが、架ける橋の数は十分ではない 」

          アイザック・ニュートン ( イギリスの自然哲学者、数学者 )

We build too many walls and not enough bridges.

                                  Isaac Newton



ようやく上海への出張を実施し、帳簿の確認や、幹部との会合を持てた。

業績が良いので、スタッフ同様、なんとなく帳簿も 「 笑顔 」 に見える。


結果的には成功したが、当初、中国での企業経営に投資を始めたのは、自発的な考えでなく、知人に 「 巻き込まれた 」 経緯からだった。

そのため、配当が年収に占める割合は多くなっても、「 自分の会社 」 だという手応えや実感に乏しく、現地に任せっきりの状態が続いている。

日本とは文化や風習の違いも大きいので、案外、そうやって 「 お金は出すけれど、必要以上に口は出さない 」 のが、好調の原因かもしれない。

たまに訪問し、スタッフから話を聴くと、若干の問題点、将来的な不安要素なども感じるのだが、要請の無いかぎり、口を挟まないようにしている。

企業の方向性は、滅多に訪れない経営者よりも、日夜、身を粉にして働く人々に委ねられるべきで、利潤が出て、倫理に反さぬかぎり支障はない。


帰国すると、また 「 亀田 」 が謝罪会見を開いていて、長男が平身低頭に、しおらしく頭を下げ、世間の心象を良くしようとしている姿を目にした。

日本人は慣れているが、企業役員、政治家、有名人らが謝罪会見を開き、具体的なことは何も言わず、平身低頭する姿を、外国人は奇異に感じる。

アメリカ などの訴訟社会では、問題が起こっても、突っぱねるのが定石で、結論が出る前に自分の非を認める行為は、マイナスにしか作用しない。

頭を下げると、裁判では圧倒的に不利になるため、多少、被害者の心情は害しても、あとから最低限の謝罪と補償をすることが得策とされている。

日本でこれをやると、敵ばかり増えて取り返しがつかなくなるので、実利より世論を優先し、反省や改善は後回しにしても、とりあえず頭を下げるのだ。


外国人の友人に言わせると、伊勢の 「 赤福 」 も、秋田の 「 比内地鶏 」 も、そして 「 亀田一家 」 も、記者会見の印象は、皆、同じだと言う。

謝っているのはわかるけれども、それで 「 どうすると言っているのか 」 が、まるで伝わらない記者会見を、なぜ、わざわざ開く必要があるのか。

視聴者の側も、新しい情報や、具体的な改善策が提示されていないのに、それを興味深く見つめ、「 謝り方 」 の良し悪しについて評価し、議論する。

こんな風潮を理解できないのは、一般的な国際社会の認識であり、物事の本質的な解決より、当事者の 「 けじめ 」 を気にするのが日本の特徴だ。

ヤクザ の 「 筋を通す 」 という倫理観に近いものを、日本人の多くが持っていて、そのための儀式となる要素が、日本の記者会見には内在する。


問題意識が強いわりには、自らが解決の努力をしないのも日本の特徴で、駐日する外国人の中には、そのあたりを冷めた目で眺める人も多い。

発電所の建設に反対する人々が、その電力会社から供給を受ける電源を使った拡声器で叫んだり、まったく真意が伝わらないというのが本音だ。

エアコンの効いた部屋で、テレビやオーディオを楽しみ、インターネットで 「 地球温暖化 」 の問題や、省資源の重要性を語る御仁もいる。

たしかに、本気で温暖化を防ぎたいのなら、まず自分自身が 「 パソコンの電源を切れ 」 という意見こそ、ごもっともではないかと思う。

テロ特措法に反対はするが、対案を出さない 民主党 なども、外国人からみれば 「 問題提起ばかりで、解決能力のない連中 」 として嘲笑される。


私は コンサルタント業 をしているが、その本分は 「 気付かない問題点を浮き彫りにして顕在化し、対策を講じる機会を与える 」 ところにある。

しかしながら実際には、「 解決に至るまでの手法 」 が提示できなかったり、自身で解決できる能力を持たない人が、簡単に通用する世界ではない。

最近、後継者を育成する必要に迫られ、各所に 「 求人 」 を要請しているので、多数の志望者と面接する機会がある。

その多くが、「 自分は問題意識が強く、それを指摘したり、表現する能力に長けている 」 ことで、コンサルタント に適していると、誤解をされている。

たしかに、問題を見つけることも重要だが、企業の欲している助言とは、「 自分たちに何が出来るか 」 で、それを叶えない者は必要とされない。


企業の抱える問題よりも、そのスタッフや、企業の政策とポリシーを理解し、「 現実的に出来ること 」 を見極める力がないと、何の助言にもならない。

冒頭の言葉にある通り、「 多くの壁 」 こ比べ、それに 「 架ける橋 」 の数が少ないようでは、迷ったり、焦るばかりで、人も企業も成長しない。

問題意識を持つのは悪くないが、特に日本人の場合は、形式的な儀礼や倫理観にこだわり、現実的、自発的な解決から目を背ける人が多い。

地球温暖化も、テロ特措法も、亀田家も、「 自分の出来ることから始める 」 か、解決策がわからないなら 「 静観する 」 のが一番である。

大それた問題を語る御仁ほど、「 そんなことより、身近な問題に力を注ぐ 」 べき課題があるもので、「 壁 」 より 「 橋 」 を造る必要に迫られている。






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