○プラシーヴォ○
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2000年07月27日(木) 堕胎

「マニキュアは落しなさいって
注意書きに書いてあったでしょ!?」

苛立ちをあらわにした看護婦の声。

足の指が、真っ赤にピカピカと光っている。

読んだ。読んだから、昨夜のうちに手のマニキュアは落した。
足は、つけておきたかったのだ。

なんとなく、
「オンナ」であることを主張したくてたまらなかったのだ。

「はい、じゃあ今から手術室に行くからトイレ済ませてね」
まだなんとなくイライラした口調で看護婦が私を立たせる。
手首に刺された点滴の針がうずく。

歩いて個室を出る。
後ろで彼がじいっと私を見てる。
私は振りかえらない。
戦場にいく父が、息子を振りかえらないように。

「心配しなくてイイよ。すぐ終わるから」
彼が私に言うべき言葉を、心の中で彼へとつぶやく。

手術室で天井を見上げて、一番怖かったのは
あきらかに新人の看護婦が1人いたこと。
周囲の人に注意されながら、ぎこちなく準備を進めている。

「じゃ、まず詰めているものを取りますね」

ラミナリアを抜くのだ。
麻酔してからにしてよおおお!
ちくちくとした痛みに耐えて、汗だくになった。

「じゃ、麻酔するよ」
しかし、私の横に看護婦が立っているだけで、チクッともナニもない。

「僕の言った数字を、後に続いて言ってね」
どうやら、手首に刺さっている針に、麻酔の点滴をつないだようだった。

「いつまでも眠たくならなかったらどうしよう」
の心配をよそに、
5まで数えたところで私は意識を失った。

いきなり、体が浮いた感じがした。
いや、実際浮いていた。
看護婦に抱きかかえられて、移動式のベッドに寝かされながら
ナプキンをあてがわれたパンツをはかされていた。
すごい連携プレーだ。

・・・いつ終わったの。
どうしてそんなにあっという間なの

「手術に必要な、ギリギリの量の麻酔だったんだなあ
終わってすぐ、こんなに意識はっきりしてるんだもん」
と自分では思っていた。

ベッドに寝たまま個室に移動する時に、看護婦が
「すぐに動かないように。今、痛いところはない?」
などと私に質問していたようだ。
私もなんとなく聞こえたので返事をした。

ハム男が私に顔を近づける。
「全身麻酔したばかりなのに、
看護婦さんとベラベラしゃべりながら
帰ってくるから驚いたよ。
がちゃ子が何言ってるか、さっぱり分からなかったけど。
あ、俺、車を道路に止めたままだから駐車場にとめてくる」

ふっと

意識が戻る。いつの間にか寝ていた。ハム男がいない。
そうか、駐車場がどうとか言ってたな。
トイレがしたい。

のろのろと起きあがる。
痛みもないし、気分が悪いわけでもない。
手術が現実だったことの証明は、ナイ。
でも現実。

トイレをすませて、また横になる。
ハム男が戻ってきた。
「大丈夫だったか?ちょっと会社に行って用事をすませてきたんだ」
時計を見ると、手術が終わってから3時間もたっていた。
そんなに寝ていたのか。

看護婦がお盆に薬とお水をのせて入ってきた。
ごくり、と薬を飲み込んでコップを返そうとすると
「いいのよ。全部飲みなさい。昨日から絶食だから
喉乾いてるでしょ」

さっきマニキュアを叱りつけた時とは別人のように
優しくなっていた。

彼の車で彼の家へ帰る。

車の中で私は死ぬほど幸福だった。
とにかく、お腹のなかはからっぽになったんだ。
もう、成長する子にビクビクしなくていいんだ。
もう、痛いことされないんだ。

「いつか、近いうちに、お寺にいこうな」

ハム男がそう言うまで、
そんなこと、思いもつかなかった。


がちゃ子 |偽写bbs

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