楓蔦黄屋
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2021年07月07日(水) 丙辰・小暑・七夕・映画について

シンエヴァラストラン。レストランに非ず。

エヴァにはたくさん思い出をもらった。
中学生のときにエヴァの漫画を貸してもらったけど全然わからなかったこと。
大学のときに一人きりで地下の図書館で観たこと。
そのあとの屋上の夜景。
新劇場版を友達みんなで観に行ったこと。
破のバージョンのBeautifulWorld私もすごいよかったと思うって、友達につい言いそびれたこと。
Qでヴンダーを観たときに度肝を抜かれたこと。空の青がきれいだった。

シンを初めてみたあとの卒業式みたいな晴れた日と桜。

そのあと2回もシンを観ている。

観るたびに私の中のエヴァが少しずつ終わっていく。

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YUKIちゃんのインタビューだかエッセイだかで、
JUDY AND MARYが解散したときのファンの女の子の手紙の話がずっと忘れられない。
「JUDY AND MARYはなくなるけど、あたしはずっとJUDY AND MARYの一部だよね」。

その考え方にびっくりした。
「JUDY AND MARYはずっとあたしの一部」じゃなくて
「あたしはずっとJUDY AND MARYの一部」なんだ。
でもすごい素敵だと思った。

今、エヴァに対して同じことを思う。

恋の終わりに似ていると思った。


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映画「ファーザー」も観た。観てよかった、そう思った。

そりゃあ混乱するよなあ、ということをわかりやすく伝えてくれた。

横に座っていた人がすごく泣いている音がきこえた。
あの人はきっと当事者だったんだと思う。

私は認知症の人がそばにいた経験に乏しい。
介護の経験もない。
きっとすごく当事者にしかわからないことなんだと思う。
子どもに戻ってしまうというが、育児とは別物なんだろう。

ラストシーンでアンソニーが「ママに迎えにきてほしい」と泣く。
この歳になっても男の子はお母さんを欲するものなのか、と思った。
そして最近の自分を少し反省した。
少しずつでいいから変わりたいと思った。

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祖母が晩年、認知症だった。
ほんの少しふれあった。

認知症の人のあの瞳。
アンソニーホプキンスも同じ瞳をしていた。すごかった。
映画だということを忘れてアンソニーに腹を立てたりした。
腹を立てたあとで違う違うこれは映画だと思い直したりした。

認知症じゃないのにあの瞳ができるなんて、俳優さんはすごいなあ。

あの瞳は何を映しているんだろう。
惚けているというよりも、何かをじっと考え続けているようなあの瞳。
見つめ続けているような瞳。

どんな瞳ともちがう瞳。

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アンソニーホプキンスはインスタもやっている。すごいな。





楓蔦きなり

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