お盆過ぎあたりに、日本中でブラスターというコンピューターウイルスがはやったんですって。 私はニュースも見てなかったので、気付かなかったんですけど、学校で知りました。
そのブラスターというウイルスは、感染してしまうと、勝手にシャットダウンしてしまううえ、そのパソコンでネットワークに接続すると、どんどんほかのパソコンにも侵食していってしまうもののようです。
学校は市のネットワークなので、ウイルスに感染したりしたら、大変、ということで、ちょっとした大騒ぎでした。
感染したパソコンは、ウィンドウズのアップデートをして、ウィルス対策を万全にするまでは学校のパソコンにつながないようにというお達しがありました。
対岸の火事ではないけれど、私にとって、コンピュータウイルスとか、ハッキングとかって、縁のないものだと思っていたけれど、やっぱり、ちゃんとしておかなければならないんだなあ。
ちなみに、私は学校で使っているノートパソコンはウィンドウズ95だから、影響なかったんだけど、家で使っているパソコンはXPで、感染しちゃいました。 ずっと気付かずにつかっていました。 「なんか、最近調子悪いな・・・」ぐらいで。
それにしても、思うのは、コンピューターウイルスってやつの恐ろしさです。 まるで、本当に重大な病気を運んでくるウイルスのように、パソコンからパソコンへ、驚くべき繁殖力を見せます。 また、私は、インターネットの世界って、全体像が見えないから、ある意味ですごく不気味だなあ。と思います。(もちろん、便利この上ないし、魅力的であることは言うまでもないけれど)
それまでのメディアには、かならずその情報の「はて」というか、限界がありました。
例えば、百科事典はいくら大著であっても、かならず終わりがありました。 書架に並べれば、情報量を目で見ることができました。 例えば、テレビ放送は、電波という目に見えないもので、不特定多数のテレビに向かって送られますが、特定の発信者(放送局)が作り出す番組は、有限で、新聞のテレビ欄に示されるとおりです。
インターネットは、誰でも情報の需要者であり、発信者にもなれます。 そして、その全体像は常に流動し続け、俯瞰して把握することはできません。
個人個人はただ、大海原を漂うように、情報から情報へとサーフィンするだけで、海のすべてを知ることはできないのです。
ウィルスがいつ、どこで発せられるかもしれない。 それを完全に防ぐことは不可能である。 インターネットという、現代の情報社会を象徴する媒体は、はからずも、便利で豊かな反面、脆弱さを併せ持つ今日の社会そのものの特質を映し出しているような感じがします。
|