| 2003年08月27日(水) |
三島由紀夫『不道徳教育講座』 |
三島由紀夫というと、どうも、奇抜なパフォーマンスや、センセーショナルな告白から、不道徳で不良というイメージが先行しているみたいなんですけど、三島由紀夫ほど体の芯に道徳観をしっかり持っている作家を私は知りませんぜ。
そうですねえ、例えば、遠藤周作は、生粋のキリスト者で、キリストについての研究も玄人はだしで、キリスト教を取り扱った作品も多く残しているけれど、正面からのキリスト教賛美というのにはお目にかかっていません。 (うろおぼえなので具体的に作品名をあげられなくってすいません) むしろ、信者でありながら、「なぜ?」という疑問を作品を通してしてずっと投げかけ続けていました。
それは、おそらく信仰があついがゆえに、その信仰が遠藤周作にとって核となるものであるがために、正面から賛美することがためらわれたのではないかと思います。
卑近な私のあまのじゃく感覚からも、うなずけるんですが、とってもとっても尊敬するひと、とても大好きな作品は、あまりにも大切であるために軽々しく人に話せなかったりします。 かならず同意してくれる、という確信がもてるまで胸のうちに隠したりします。 そういうのって、ありますよね。
ちょっと、話がずれてしまった。
何が言いたかったのかというと、三島由紀夫は、すごく道徳的な人であったと。 でも、まじめで、善良で、というのは、スマートさにかけるから、なるべく隠しておきたい一面であった。 だから、わざと不良っぽくふるまったり、人から白眼視されるようなことをしたりした。
この『不道徳教育講座』には、そういう心情がよく表れています。 「大いにうそをつくべし」 「人に迷惑をかけて死ぬべし」 なんて、タイトルをつけておきながら、逆説的に最終的には、道徳を説いているんですもの。
(余談) この本を職員室の机の上においておいたら 「きよこ先生、三島由紀夫読むんですかあ」 なんて話になって、 「これどうぞ」 って、本をプレゼントされた。 『文人悪食』 これについては、また今度。
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