イザベルは微笑(ほほえ)んでいる。
笑みを溢(こぼ)してもいない。笑ってもいない。高笑いもしていない。
何かへの笑いではなく、春の天気が心に映ったような微笑をたたえている。
唇は、哂(わら)いのように曲がってはおらず、綺麗(きれい)なストレートだ。
眉の接吻が僅(わず)かに上がり、春の風を戦(そよ)がせている。
視線が、遠くの晴天に流れる白雲を追うように斜(なな)め上を包んでいる。
白磁器のような澄(す)んで抜けるような肌と、光沢を発しないほどの黒髪がより一層に、
彼女の微笑に香りをつける。
汚濁に穢(けが)され、自尊に足掻(あが)され、天使に誘惑され、虚無(きょむ)に食われ、疲労(ひろう)に打ちのめされ、諦観(ていかん)と菩薩(ぼさつ)に囲(かこ)まれてもアジャーニは其処(そこ)にいる。
イザベル自身ではない「私」だけのイザベルが其処にいるのだ。
宇宙の中で、微(かす)か過ぎる現象のように、微笑んでいるアジャーニ。
「私」も彼女のようになりたい。
私も消え逝(ゆ)くように。アジャーニの微笑みのように。
執筆者:藤崎 道雪