眉毛の真中から、ほとり、と落ちる涙滴から始まる。
髪の毛から、馬のように出た眉の中央までの骨張(ほねば)りを伝い、汗が集まる。汗は眼球の黒い外側を撫でるようにして、落ちていく。自然に視界は狭くなっていく。次に耳の複雑な地形が汗を集める。耳口を丁度、栓をするように類滴が被さり落ちていく。聴界も狭まっていくのだ。気づくと襟足(えりあし)から腕全体までが、汗浸(あせびた)しになっている。タオルで拭けども拭けども、湯水のように湧き出してくる。
次第に頬は紅潮し、胸から下だけが赤々と蠢(うごめ)いていく。肉体は無意識反応のように、条件反射をしていく。せめて考えられるのは1つくらいだ。「足を動かせ」とか「負けたくない」と思うのが精々で、絶対的な存在者の前で己の無力さに打ちひしがれているかのようだ。
ぬるり、とした汗に取り囲まれて小さく収縮して、鼻の後ろにいすわる冷静さが汗に梗塞(こうそく)されて、中で鬱々と爆発した肉体を眺めている。新芽のようにヨチヨチとして何も出来ないけれど、その冷静は肉体の煉動と思い通りに行かない世界の2つを、ただ、観ている。
汗のオーロラに遮断されて何も出来ずに、私はいた。
執筆者:藤崎 道雪