満たされているだろう。満たされていないだろう。いや。
満たされているだろう
永遠の真理を実感として感じ言葉に出来、人生の目標を達成したのだから
衣食住に不自由なく世界一の安全と清浄な水と、温暖な気候と温和な気質に囲まれているのだから
家族が健康で少ないながらも友人が居て、スポーツと勉学の環境が人間関係で阻まれていないのだから
満たされ過ぎているだろう
満たされていないだろう
一瞬の至高が消え去った後の喪失感に苛まれているのだから
年老いて肉体は低下し、死へと進行している不安感は拭えず、どこまでも悟りの境地に留まれないのだから
真に恋焦がれる人には会えず、自らの全てをさらけ出すことすら出来ず
感情の全てをぶつける人、まさにその人から遠いのだから
満たされていなさ過ぎであろう
2つの間で揺蕩いながら、電磁波が原因のような頭痛だけがつなぎ止めている
左側頭部から無限に広がっていく灰色の砂嵐が過ぎ去って、舞い上がったパラパラという砂の音も去っていく
此処にあるのは、何と言えば適当なのだろう
此処にあるのは、現象世界の何と類似しているのだろう
世界の認識を狂わせた頭痛が去ったのに爽快感がなく
かといって過ぎ去った瞬間ゆえに停滞感もなく
純白や純黒一色になって生まれる強い無機質感でもなく
有彩色を消え去らせた無常感を灰色の曖昧さが揺蕩わせる
パラパラと落ちる砂が重力と地上という現実感を与えるのに
行き来しながら音や肉体も奪われるような、その剥奪感すら遠のいていく
タンタロスの飢渇すら、テトロドトキシンの麻痺痙攣すら、全能感の瀆神すら、簸川の伝説すら、
懐かしく感じるような、とでも言えば適当だろうか
満たされているだろう。満たされていないだろう。いや。
読み注記;「虎鶫(とらつぐみ)」「至高(しこう)」「喪失感(そうしつかん)」「苛(さいな)まれる」「拭(ぬぐ)う」「揺蕩(たゆた)う」「此処(ここ)」「爽快感(そうかいかん)」「奪(うば)う」「剥奪感(はくだつかん)」「飢渇(きかつ)」「麻痺(まひ)」「痙攣(けいれん)」「瀆神(とくしん)」「簸川(ひのかわ)」「懐(なつ)かしい」
意味注記;「虎鶫(とらつぐみ):スズメ目ツグミ科の鳥。体長約30センチメートル。夜間ヒョーヒョーと細い声で鳴くので、昔からヌエと呼ばれて気味悪がられた。別名「黄泉鳥」 季語「夏」」 「タンタロス[Tantalos]:ギリシャ神話で、小アジアの一地方の王。ゼウスの子。神々の怒りを買ったため地獄に落ち、永劫の飢渇に苦しんだ。」 「テトロドトキシン[tetrodotoxin]:フグ毒の成分。微量でも呼吸筋や感覚の麻痺(まひ)を起こし、死亡する。」 「瀆神(とくしん):神の神聖をけがすこと。」 「簸川(ひのかわ):出雲系神話に出てくる川の名。島根県東部を流れる斐伊川(ひいかわ)をこれに当てる。素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したという伝説がある。」(いつも通り『大辞林』より引用)
その他注記;題字の「捕捉」は「補足」の隠喩も持つので「虎鶫捕獲」とはしなかった。 「「手偏を取る」=「肉体を取る」=「肉体から離された状態」=「虎鶫を補足すること」≠「虎鶫に捉われること」、が文中の意味と重なるので」
執筆者:藤崎 道雪(校正H16.8.26)