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「 ああ、友よ、心の友よ 」
2006年06月04日(日)



 いっそのこと水商売をしてしまおうかしら、と聞いたのは俯(うつむ)きながらだった。
 2秒も経たない内に、そうだねそれがいいんじゃない、と続けて答えたんだった。
 酷(ひど)い人ね、私にあんな商売をさせたいの? 20を過ぎればもうおばさん、25歳でもう誰もちやほやしてくれなくなるというのが水商売なのに、そんな酷い、もう私のこと嫌いになったわけ?
 とまくし立てられた。

 2人で初めてきた北イタリアの、海岸の砂粒ほどいる白人ばかりの避暑地の、純白の海岸で、黒いウェイターにお気に入りのカクテルを運ばせている時だった。
 退屈しのぎの、何気ない一言が、何気なく広がっていってしまった。
 この後、私たちは気まずくなって、つまり、混沌しだして、後に爆発が来て、そして収束へ向かうんだろうな、ってキラキラと光る砂浜と深く青い宝石のような海を眺めた。

 仲直りの言葉は、大好きだよ
 仲直りの行動は、婚前交渉だよ
 仲直りの決定打は、イタリアの海の色の宝石、って所だよ

 白人が羨(うらや)んで仕方がない豊かな黒髪とNBAのチアガールのような最高級のプロポーション
 もう黒髪の君は20歳を過ぎてしまったのだし、生涯獲得金銭を考えれば水商売よりも資産家や将来有望な青年やスポーツ選手なんかを手に入れた方が良いなんてことははっきり分っているくせにね。
 いや、水商売なんて止めな、と反対の言葉を出しても、
 なんで? 私の肉体からしたらもったいないと思わない? とっても努力しているの知らない訳ないでしょ? 貴方が。
 なんて言いながらその対価として、イタリアの海の色の宝石を強請(ねだ)るんだから

 ああ、友よ、心の友よ
 「女性だろうが男性だろうが、相手の欲求に正直な人ほど対応が分りやすい人はいないんだから、人の上に立つあなたはまずその人を救ってあげる気持ちで合わせてあげればいいんだよ」
 と言って去った友よ
 これから先はどうしたらいいのだろうか
 私には目的があった、金と女と権力だ。どれもが程々に手に入れてしまった 
 上を、もっと上を目指すべきだろうか、ここらで落ち着くべきだろうか、それとも落としていって、最後には棄てる方が私には合っているのだろうか
 
 ああ、友よ、心の友よ。
 どうか教えて欲しい どうかどうか教えて欲しいんだ。
 欲求、衝動、不安、学歴、疑心、過信、金銭、容姿、家族、信頼、正義、法律のどれでもいい1つに捉われている人間は簡単だ。
 何も考えていない行動基準を自立できない人間なんて犬猫のペットのようなもんだ。
 もう、いいんだよ。
 世の中の仕組みも見えたし、権力の因果も功罪も、金銭の魔力もパワーも分ったよ。
 もう、あの20歳の頃の大志を輝かせるものではなくなったんだよ
 
 ああ、友よ、心の友よ
 私はこれからどうしたらいいのだろうか
 この横の正直すぎる人間とは、帰って待っている金銭と権力のシステムにはどうしたら良いのだろうか
 上手くやっていけるだろうし、上手くやっていくだけの覚悟も決意も功利性も経験も持ち合わせている 
 イタリアの太陽のように焼け付く日差しのような大志の輝きを遮(さえぎ)るパラソルのような諺(ことわざ)も数多くしているよ
 「それが人生だろ」、「清濁併せ呑(の)むのが大人だ」、「周りを大切にすることは自分を大切にすることなんだ」、「力強い正義だけが人生に安寧をもたらすもの」、「悩み続ける事が人間だ」、「周りの中で生かされている」、「働けるだけでも有難い」てな具合に
 納得させるテクニックも、そして実際の鼓舞や行動も、イメージトレーニングすらもやってきた

 ああ、友よ、心の友よ
 どこにいるのだろうか どこへ行ってしまったのだろうか
 近代欧州の合理性を支えてきた北イタリアの街並みや絵画などの文化の刺激が強すぎたのかな
 今でもお茶漬けのようであって欲しい 
 そうだ、秘書に探させて一緒にお茶漬けを食べよう そうだそうだ
 そうか、ならば、宝石はやっぱりトルコ石よりもサファイアにしよう
 飛び切り深い青色の、イタリアの海を、最初の旅行を忘れないための記念として

 さてと、そろそろスィートルームに戻るとしよう 
 
 
 (校正H18.6.14)


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